第5話 8月11日 3 ホテル●

『私』こと『商人様』で『領主様』のエヴゲーニイ・パヴロヴィチと、年上なのにすぐ泣く料理女アクリナがホテルに行く回です。今回は性描写がほとんどです。
『商人様』エヴゲーニイ・パヴロヴィチの仲々どうしようもなく繊細なろくでなしぶりが出ていれば、と思っています。

8月11日午後3時半すぎから10時,1826年

部屋は確かに悪くない。広いのが取り柄だ。部屋には二つ寝台があり、簡単な応接セットがあった。テーブルの上には、頼んでおいたクワスのピッチャーとシャンパンの瓶がある。
窓からは修道院が見える。これは良くなかった。アクリナは修道院を見ただけで、罪がどうとか冒涜だとか思い迷い始めるだろう。長老様が危篤なのに、と。
一昨日の私ならそんな状態でも強引にアクリナを手にかけた。神を畏れ、冒涜だと泣く彼女を嘲笑い、余計に欲望を掻き立てられたことだろう。だが、今日の私は元気がない。

私は分厚いカーテンを閉めた。
ランプをつける。
「ああ……、」アクリナが泣きそうになっている。死の床につく長老のことを思い出したのだろう。
私はアクリナの羊の外套を脱がし、外套入れに吊るした。
私はそのままアクリナを強く抱きしめた。「部屋がまずかったな。ここしか空いてなかった」
「構いません。商人様。今日は、あたしのことは……お好きになさってくださいませ」
「何故?」
「何故って……」
「お好きになさって、というのは、私に抱かれたいということか?」
アクリナは顔を赤らめ、うなずいた。

私は抱きしめていたアクリナからわずかに離れる。
確かに今日の彼女は晴れ着だ。頭上高く盛り上がった半円球の帽子に、ヴェールを下げたココシュニックを除けば、あいかわらずサラファンとルバーハの組み合わせだが、特別な時のためのものだ。
サラファンは踝くるぶしまである。黒地の正面には、赤い羅紗の細い布が上から下まで縫いつけられ、たくさんのくるみ釦が並んでいる。刺繍をした緑の飾り帯で、胸の下を縛っていた。
ルバーハも生成りではなく濃紺に染められ、袖がいつもよりたっぷりしている。
磨いた珊瑚色の石の首飾りを三重にかけていた。
「本当に晴れ着だな」
ココシュニックの起源を私は知らないが、シベリヤのシャーマンのかぶる尖った帽子を思いださせた。
「……まったくスラヴの魔女ではないか」

アクリナが私の外套とフロックを脱がし、自分の外套の隣にかけた。耳付き帽も置く。そうして私にすがりつくように、私を抱きしめた。泣いている。
「……長老様のことは今日は考えるな」
「違います。本当に出ていかれるのですか? また戻ってこられるのでございますよね? せめて時々」
「本当に出て行くし、おそらく戻っては来られない。新大陸にでも行くかも知れぬ」
「ああ……」アクリナはすすり泣く。
「私はおまえを慰んだだけではないか。どうして嘆くのだ」
「わかりません。でも、あたしのことを……あんな形でも……相手にしてくださったのは、今までに商人様だけでございます」

「許婚がいただろう」
「あの方は、領主の奥様に言われ、仕方なくあたしと結婚することにしたのです。それでも結婚の誓いをしたのですから、一生、あの方に操を立てようと思っていましたけれども……」
「操など破壊してしまったな」
私はシャツとチョッキからアクリナの腕を外し、テーブルまで行き、シャンパンの栓を抜く。グラス二つに注ぐ。長椅子に座り、我ながらだらしなく脚を伸ばした。左腕を長椅子の背にかけ、右手でシャンパンを飲む。
「アクリーヌシュカ、おまえも飲みなさい。味がわからなければ覚えろ」
ペチカは十分に効いている。
「はい」
愁嘆場になってしまった。
この女は、構ってくれたというだけで、私を慕っている。
なんと馬鹿馬鹿しくも惨めなのだろう。哀れである。哀れな女が魔女になるのだろうか。

アクリナは立ったままだ。
「座れ」と言うと、テーブルの対面した椅子に腰掛けようとする。私はすぐ隣に座るように言った。
「その晴れ着は、結婚衣装ではないのか?」
「一枚きりの晴れ着ですから……、自分の結婚にも着るつもりでございましたし、どなたかの結婚式にも着ます」
「おまえはどうしたい? 私の妻になりたいのか」
「まさか、身分が違います。年齢も、生まれ育ちも何もかも不釣り合いで……畏れ多い。それにあたしの歳では、赤ん坊を差しあげるのも難しい……」
「まあ、世間的にはおまえの言うとおりだな。それに領主一家の主婦というのはなかなか大変でね。おまえには勤まらない」
「あの、商人様……」
私がどうしたいか知りたいが、恐ろしくて訊けないらしい。
「名前で呼んでくれ、致命した聖アクリーナ」
「……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、犬に食わせるのでも、このままお捨てになるのでも……今すぐおっしゃっていただくほうが……救われます」

私はすぐ右隣に座ったアクリナを眺めた。
「おまえは、リャードフ家に雇われているのではなく、農奴出身の家内奴隷かね」
「そうです。馭者の若者以外、あそこの召使いは皆そうです。フョードル様が、トルコとの戦争でご立派な功績を立てて……リャードフ家は世襲貴族になられたのです。
あたしは、……ナポレオンが逃げ帰ったあと、農場からシベリヤに売られました。フョードル様が買ってくださって運が良かったのです」
「そうか。では、雇われている場合より、引き取るのはかなり難しい……」
「難しくても……考えてくだっただけで嬉しゅうございます。商人様のお館でも、料理女に、と」
「料理女? いや、魔女で私の囲い者だ。鳥を飼って、煎じ薬も作ってもらう。以前のような財力があればフョードル殿から明日にでも買い取るのだが」
「以前のような?」
アクリナは怪訝そうな顔をした。

「色々失敗してね。みんな抵当に入っている。……ろくでなしなのですよ私は。今年は……最後のワインを仕入れる前は、イタリヤで我が同胞の薄ら馬鹿息子に、フランス語とロシヤ語の綴り方を教えていた」
私はアクリナの様子をうかがう。
「金がない私は嫌か」
「まさか」
「そう、じゃあ、アクリナ、おまえと『後家さん通り』に家を借りようか。おまえが体を売って、私はイギリス人と本を翻訳する」
「構いませんわ」
「ふざけるな、そんなことをさせられるか」
「商人様、貴男様が新大陸に行ってしまうくらいならば、」
アクリナのすすり泣きが激しくなる。泣きじゃくる、というほうが正確だ。
「あたしは淫売になります」
「おまえが体を売ったくらいではどうしようもない」
「さもなければ新大陸についていきます」
「足手まといだ。おまえはロシヤでしか暮らせまい」
アクリナが抗議しようとするのを、「これから英語を覚えられるか?」で黙らせた。
「……やはり、新大陸で売るものを売り、負債を精算して、戻ってくるのが一番ましだろう。待っていてもらうしかない。だが、いい男がいたら結婚しろ……取り返しに行くかもしれないが……」
詐欺師はこういうことを言うのではなかろうか?
「待ちます……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」
捨てられるのも待つのもあまり変わらないだろう。
「ゲーニャで良い」
「そんな、言えません」
「泣きすぎだ。晴れ着が汚れる……アクルカ、おまえは、酷い目に遭うのが好きなのではないか? あるいは苛められるのが。それとも単に不用心すぎるのだろうか。男のために体を売っても良いなんて、絶対に言っては駄目だ。誰にどんなふうに利用されるかわかったものではない」
「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、貴男様のためなら構いません……。監獄のそばの要塞には兵隊さんがたくさんおいでです。あたしなどでも買ってくれる方はおられるでしょう」
「誰彼構わずおまえと交わらせるのか。兵隊たち、巡礼者、コサック、タタール人、囚人、浮浪者、毛皮商人、破戒僧……俺は物陰から見ている。さぞかし興奮するだろうね」
私はシャンパンを一口すすり、アクリナの方を向いて、涙で濡れた頰に触れ、涙を舐めとり、接吻する。私はアクリナの涙ばかり舐めている気がする。

しばらく二人で黙って長椅子に座っていた。アクリナは惚けたようになっている。
ヘンリー卿がこのホテルに滞在していたのがわかったのは一応の収穫だ。
だが、ここからどこに行った?
名のみ高く幻の、あの興味深い年代記を手に取ることはできるのだろうか。ああ、だが。
それでも私は腹立たしかった。最大限うまくやったとしても、アクリナと半年や一年は離れていなければならないだろう。

「……アクリナ、おまえが悪いのだ。私が触れようという気も起きない、青くさい小娘か、本物の『飯炊き婆さん』ならば良かったのに。
飯炊き婆さんだって? フョードル殿はなんて見る目がないのだろう!」
「申し訳……ありません……」
「君が謝るのは妙じゃないかね。全部私が悪い。おまえを引き受けることもできないのに、おまえを犯した。
じっさい、最初は単なる『つまみ食い』のつもりだった」
ああ、私にも、極端な意見から極端な意見へと移り変わるロシヤ人気質が戻ってきている。
「……領主様が女農奴をお好きに扱われるのは普通のことです……」
「だが私はおまえの領主ではないよ」
「良いのです……貴男様に抱きしめられて……あの、嬉しくてたまらなかったのですから」
「抱きしめただけではない。おまえが泣くのも気にかけずに、いや、泣けば泣くほど、私は欲情して、おまえが嫌がることをたくさんした」
「はい……恥ずかしゅうございました……恥ずかしくて悲しくて惨めで……でも」
「でも何だね?」
「貴男様は……あたしの体は喜んでいると」
アクリナが泣きながらわずかに微笑んだ。私は彼女が微笑んだり笑ったりするのを初めて見た。
何という女なのか。
私は尊敬しあう恋人に対するかのように、優しい親愛をもってアクリナを抱きしめた。
……だが、ああ、なんという女だ! アクリナも私にしがみついてくる。ふたつの胸を私の腹に押しつけ、腰骨で太股をこすり……息を荒げ、頰を上気させ……私に早く犯せと言わんばかりなのだ……。

私は懐中時計を見る。四時二十分。
「……アクリーヌシュカ」
私は上気したアクリナを私の体から離す。私は深く呼吸し、華奢な両肩に手を置いて言った。
「ああ、おまえの……貴重な晴れ着を破ったり汚したりしそうでね。自分で脱いでくれないか」
「それは……ここででございますか」
「そうだ。今まで無理矢理私がおまえの服を脱がしていたね。今朝もそうだ。
私はここで見ているから、自分で脱いで私に頼め。どうして欲しいか」
「……商人様、どうしてそんなにあたしを困らせるのです」
「私のために体を売ると言った女が、自分で服も脱げないのか?」
「……貴男様のまえでなければ、たやすいことです……」

アクリナが言う。
「あたしから頼めとおっしゃるんですね……でも、どうやって、……」
「頼むのではない、哀願したまえ。見物しているから、ゆっくり脱いでいってくれ」
アクリナは息を呑み、目を伏せた。アクリナはふらふら立ち上がる。また泣きそうになっている!
私は長椅子の手すりに頭をもたせかけ、薄眼を開けてアクリナを見た。テーブルの上の薔薇のむこうで、アクリナがココシュニックのヴェールを外している。
「もう少し近くに来るんだ。よく見えない」
「はい」
テーブルの手前まで来させる。私が手を伸ばせば届く近さだ。アクリナはココシュニック本体を外す。ココシュニックは何種類もある。
これは底が平らで、高さのある、円蓋状の帽子である。アクリナはココシュニックを丁寧に運び、外套入れの帽子置き場に置いた。
髪は三つ編みにして、後頭部の上方に硬く巻きつけていた。アクリナが私に言う。
「……着替えなどいつもしております。どうということもありません」
「ほう、勇ましいね」

サラファンに巻いた緑の飾り帯を解く。黒い厚地のサラファンが重く広がる。布をたっぷり使った、裾の広がった型である。
釦を外していく。だんだん、動きがぎこちなくなる。手が震えて、うまく釦を外せないらしい。
小さなくるみ釦だからなおさらだ。
私はおかしくなり、小声で笑った。
アクリナはうつむき、動作はますますこわばり、遅くなる。
「う、……」
うめきながら、静かに涙をこぼす。急に乳房を押さえ、息が荒くなる。
「どうした?」
「何でもありません」
「昨日から言っていた……体が変だという? 疼くのか」
「はい……」
「どこが」
「あちこちです……特に、乳房と、あの、……あの場所が絞られるように、ひきつって」
「あの場所ね」
「はい」
「いやというほど抱かれれば治まる。さもなければそのままだな」

「困ります、仕事が……」
私は無闇におかしかった。
「本当に感じやすい。たかだかサラファンを脱ぐのにこんなに時間がかかるなんて。南国の裕福な女たちの、あの馬鹿げたコルセットや何重にもなったスカートやシュミーズ、複雑極まりないドレスでもあるまいに」
「貴男様は南国の方の……コルセットを脱がせたことがあるのですか」
「ある」
アクリナは黙ってしまう。
また涙があふれ、左手でぬぐっている。そのようなことは訊く必要がないのだ。
私がイタリヤやギリシャに何度も行ったという話は聞いたはずだ。ならば、ない訳がない、くらい想像できるだろう。
私は嘘つきだが正直者だった。もちろん嘘をつくこともできたが、正直に答えて泣かせるほうが良かった。

晴着のサラファンには踝まで釦を並べている。アクリナは茫然として頭が回らなくなっているらしい。
途中まで釦を外し、スカート部分をまたいで脚を抜けば良いものを、何十個かの釦を全部はずし、羽織もののように脱いだ。
染めたルバーハも普段着より長めで、ふくらはぎまである。アクリナは先にヴァレンキを脱ぐ。下は裸足である。
「下着はルバーハだけか」
「は、はい」
私は自堕落にシャンパンを飲んでいる。まったく、この程度では水と変わらない。いや私は酒に溺れるのだけはやめよう。ロシヤ人精神に反しようとウォトカを倒れるまで飲んだりしない。でなければ二度と立ち上がれなくなる。

次は、濃紺に染めた、たっぷりした、ふくらはぎまでの丈のルバーハに手をかけるのだと思った。
しかしそのまえに三連の珊瑚石の首飾りを外している。
「ずいぶん焦らすのだね」
私の言葉に、アクリナは膝から崩れ、床に座り込んでしまう。
「……見ないでくださいまし……」
「体が疼くのか?」
はい、と小声で答えた。
「立ちなさい。立って、素裸で哀願しなければ私は今日はずっとここでシャンパンを飲んでいる……次の機会は、くそ、まだあるのか?」
アクリナはハッとしたように立ち上がった。また、目に涙が浮かんでいる。今度は三つ編みの髪をほどいた。編んでいたせいで、藁色の柔らかい髪はゆるやかに波打っていた。

「ルバーハしか残っていない」
「はい……」
「もう、何度も開いて見せた体なのに何故そんなに恥じる?」
「慣れません、あんな……。商人様は、普通に服を脱いだ姿ではなく、もっと……体の奥まで剥き出しにして、広げて覗いておられるようで……」
「そうかね」
「苦しくて仕方がないのです。台所にいても市場に行っても、急に。一度は、ひきつりが止まらなくて……苦しくて……、市場の魚売り場で体を押さえてうずくまってしまいました。
マウリャが妙な顔をしてましたわ。恥ずかしくて、ひきつって、あの……あの時の透明な液が……たくさんにじみ出て、怖いのです」
「……医者に行くか?」
「医者なんて信じられません」
「おまえは薬草に詳しいだろう。同じような症状を聞いたことはないのか?」
「いいえ」
「私はある」
「え、」
「私の知り合いに、夫に顧みられなかった人妻がいた。若い愛人を作り、その男に愛撫され続けた翌日、そんなふうだったよ」
「……ああ、やはり、……ふしだらさが元なのですね」
「ふしだらではない。欲望を押さえていたところに急に快楽が訪れて、体が常より鋭く敏感になっているのではないかね。
その夫人は、しばらくすると愛人を取っ替え引っ替えして、快楽に浸るようになり、治ったそうだが」
「治るのでございますか……その、最初の若い愛人というのは、貴男様ではありませんか」
私はその問いを無視する。
「で、どうするのかね。そこで止めるのか? またサラファンを羽織る?」

今日のルバーハは、いつもと違って、首回りが大きく、両肩近くまで開いている。
胸元の釦をはずすと、ゆったりしたルバーハの上部はすぐにずり落ちる。痛ましいほど呆気なく、ふたつの重い乳房が曝け出される。
そのまま、足元にまでルバーハを落として、アクリナはまっすぐ立っている。薄い腹、藁色の薄い繁み、筋肉質だが細く白い脚が見える。
アクリナはうつむいて目を伏せる。

何分かかったのだろう? 私は懐中時計を見た。
四時四十分である。服を脱ぐだけで二十分もかけたわけだ。
アクリナにとっては『私に哀願する』のが、ひどく難しいらしい。迷いながら後ろを向き、上半身に腕を回し、なるべく体を隠している。
しゃがみ込んでしまいたいらしく、背を曲げ、かすかに尻を浮かせている。そのために、細い太腿の隙間から、あの石榴色の部分と、恥骨の藁色の繁みが覗いているのだが。
私の下腹部から突き出した器官には血液が集まり、強く脈打ち、硬く膨れ上がっていた。このままアクリナを押し倒したかった。尻を高く上げさせ、後ろから抱きしめ、挿入するのもいい。しかし、今すぐそうするのではつまらない……。
アクリナがようやく私の前にひざまずいた。「もうあたしは一糸まとわぬ体です。聖なる水桶に浸され、洗礼を受けたばかりの幼子と同じ。……どうぞ、貴男様のお好きなようになさってくださいませ」
「寒くないね?」
「は、はい」
「寝台に行こう」

私はアクリナの手を取り、ふたつある寝台のひとつに並んで座った。しばらく、ただそうして座っていた。
「あの……」
「アクリーヌシュカ、今日は君がお願いしたことを私がやると言ったね。お好きなように、では駄目だ」
「……ひどいですわ……ご自分は素敵な外国製の洋服を乱しもせず、あたしを見て面白がっておられる……南国のコルセットの貴婦人や、旦那様に顧みられなかった人妻の方にもこんな仕打ちをなさったのですか?」
「貴婦人には礼を尽くすさ」
「礼を尽くした相手の……コルセットを脱がしてさしあげるのですか……? ご結婚もされていないのに」
「まあ、そういうものだよ。昔のことを言われても今さらどうしようもない。
アクリーヌシュカ、おまえは私を独占したいのかい? 過去まで……私の最初の相手はおまえに似ていたと言ったと思うがね」

「……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、あ、あたしに、『礼を尽くす』というのをやってみてください」
「そうか、おまえが私を好き放題に使うこともできるのだね」
「そうですわ」
私は、寝台の、アクリナが座る足元にひざまずく。「アクリナ・ニコラエヴナ」右手を取って、お辞儀をしながら、甲に口づけする。「Ma belle dame,……pauvre Aquilina」
アクリナは夢を見ているように、ぼうっとしている。
「なんとおっしゃったのですか……」
「私の美しい貴婦人、ですよ。アクリナ・ニコラエヴナ」
「キリナとも聞こえました。あれは、あたしの名前でございますか」
「ええ、ポウヴラ・キリナと言いました。『かわいそうなアクリナ』という意味です」
「ポウヴラ・キリナ」
「さて次はどうします。私が馬になって貴女が乗りまわしますか?」
「……そんな道を外れた、出鱈目なことは嫌です。……どうしてあたしが可哀相なのですか……」
「今現在の格好を見てそう思わないかね、アクルカ、君は素裸で、こんなくだらない男のおもちゃになっている」
「くだらなくなんかありません……」
「負債だらけで、新大陸に逃げなければならないような男が?」
「……口づけをしてください。あの……口づけしながら、私の……乳房を触ってください。疼くのを止めて、いただけますか……」
「わかった」

私は接吻する。
薄く目を開け、アクリナの顔を間近で見る。あまり明るい顔ではないことは確かだ。
青白い顔色は陰気で不幸に見えた。
細面で、目鼻立ちは整い、唇は意外に肉感的であるが、そういうことはよくよく見なければ気づかない。
私は右手を広げ、左の乳房にそっと触れた。
私の手の、なんと無骨に見えることか! 乳房には左右の大きさの差や垂れ方の差がない。ほんとうに、ほとんど男を知らないのだ。
私は乳の先端をつまむ。熟れて白くなりかけた苺のように柔らかかった先端が、あっという間に硬く尖り、石榴のような色になった。
アクリナがうめく。

「これ以上、おまえに命じろというのは酷だ」
私はアクリナの耳元で囁く。
「は、はい」
「というより、私が辛い……」
「え、……」
私は寝台の掛け布を剥ぎ、アクリナの上半身を寝台に倒した。寝台に右膝をつき、アクリナに覆いかぶさる。アクリナの表情は怯えている。
「……商人様、どうしてそんなに急ぎますの」
「おまえを焦らしているうちにこちらが耐えられなくなった」
私はアクリナに具合良く糊づけさせたクラバットを外し、英国製の灰色のチョッキを脱ぐ。
アクリナの服よりよほど面倒だ。革の長靴を足を使って、足だけで脱ぎ捨てる。
そのあいだに、アクリナの乳房に口づけする。ぎゅっと縮んだ乳の輪や、固く尖った乳頭が時折震える。
私は女の乳房が好きだったが、そのぶん好みがうるさかった。まったく、好みはどうしようもない!

ズボンを止めた金具をはずし、釦もはずす。拍車のような金属の音が怖しく聞こえるのかアクリナは怯えている。
「何故そんなに怯える?」
「……そんなに焦ってらっしゃる商人様を初めて見ます」
「そうか? 私はいつも焦っているし、捨て鉢だが」
「いつも優雅です……あたしをなぶっているときも……、」
私は寝台から半ば立ち上がり、ズボンと絹の靴下を脱ぎ捨てる。
それからイギリスのシャツだ。
白い麻で、腿の下まである。
私はアクリナに接吻しながら、自分のシャツの釦を片手で外していく。
シャツの裾は、腿の半ばまである。裾の左右には大きな切り込みが入り、前後に長い。その前部と後部を内向きに折り曲げて下腹部や尻を包むようになっている。
裾がずれないように、腿に、前身頃と後身頃を留める釦がある。この釦でやっと終わりだ。
シャツを剥がすとようやく私はアクリナと素肌を重ねることができる。

アクリナは私の裸体を恐れているように見える。
私は中肉中背で、白い手の貴族として生まれた。農地で育ったので丈夫ではあったが、特に威圧するような体ではまったくない。
それでも痩せたアクリナを、文字どおり肉体的に押さえつけ、好きなように開き、拡げ、滅茶苦茶にすることができる。快楽でも苦痛でも暴力でもだ。
「商人様……どうしてそんなに……なにかあたしに怒っていらっしゃるのですか?」
「ああ、ああ、おまえに会わなければ、新大陸に行くのにまったく憂えずに済んだ」
新大陸ときいただけで、アクリナはふたたび衝撃を受けている。この女は感情がすぐに肉体に表れる。アクリナの体が、硬く重くなった気がした。
私はアクリナの右膝をつかみ、乱暴に広げた。アクリナはひるんだままで、声も出ない。
白い肌の奥底が石榴色の不可思議な海の生物のようなものに変わっていくさまは不気味でもあり、美しかった。
私の指は、アクリナの白い内腿から、石榴色の切れ目に移っていく。婦人たちは、このような裂け目を体に持って不安ではなかろうか。
「アクリナ、知ってるかね? 君の裂け目は石榴の実の色だ。女によって違う……」
「そ、そんなことがわかるほどたくさんの女の方を……弄んでらしたのですか」
「いや、褥しとねを共にした婦人はそれなりにいるが、こんなに弄んだのはおまえが初めてだ」
アクリナの目が潤む。
「本当にすぐ泣く。だから苛めたくなるのだが。……疼くのはどこだ?」
私は触診のように、アクリナの切れ目の先端にある陰核に触れる。もう濡れていた。皮は一昨日より簡単に剥けた気がする。
「苦しい、商人様……」
私はアクリナの体の脇にかがみ込む。
胸のすぐ隣あたりだ。その場で背中を丸め、裂け目を真上から覗く。
「何を……」
石榴色の、爆ぜそうな赤葡萄を思わせる陰核の皮を、左手の二本の指で挟み込み、奥へと滑らせて剥いた。
裂け目の中心からいくらでもあふれてくる粘液をこすりつけて、今度は右手の中指で果実の中身をそっと、しかし素早く表面だけこする。
「な、何をなさっているのでございますか……」
「アクリナ、おまえは恍惚を味わったことがあるか?」
「恍惚って……?」
「この、おまえの、コケモモみたいな突起にうまく刺激を与え続けると、だんだん痺れるような状態になる。恍惚の極地に行き着くと、痙攣し、快楽の波がくる」
「そんなの……聞いたことはありますけれど、嘘か、娼婦だけがなるものだと……」
「おまえは私のために娼婦になるのだろう」
アクリナはうなずく。
「恍惚を味わえば、おそらく疼きが多少楽になる。コツがいるがね」

私は寝台に上がる。
アクリナの頭の向きに脚を投げ出して横たわった。
アクリナが息を飲んでいる気配がする。
怯えさせたのは、剛毛の生えた脛か? 臍から繋がった体毛に囲まれた、下腹部に生えた勃起した器官か?
私の体は、私が眠っているうちに、彼女の手によって何度も全身を拭き清められているではないか。
いや、アクリナは多分本当に、間近に親しい男の体を見た経験がほとんどないのだ。アクリナの右手をとり、私の下腹部の突起の先端をつかませる。ぬるぬるしているはずだ。
「慣れなさい。私に近づいてきた女たちは皆、金かこれが目的だった。例外はあるが……なかなかいい道具でね」
「良い悪いなんてあるのですか……?」
「好みはあるだろうが……まあ、好評だ。硬くて大きいが、無闇に大きすぎず、いいところを突くってさ。先端の皮の剥けた部分から液が出ているだろう。そこを撫でてくれ、そっと、表面をこするように」
「は、はい」
「それは怖いか?」
「……はい」
それでもアクリナはおずおずと触れてみている。露出した先端の口を彼女の指が通るのは悪くない。根元そのものを強く掴んで欲しかった。もっと注文をつけたいところだったが、まあ無理だろう。

私はアクリナの頭の側に私の脚を置いて、弓なりに寝そべった。右肘をつき、腕を伸ばす。左手でアクリナの太腿を抑えながら、右手の指で石榴色の裂け目の実を剥き、捏ねた。
「商人様……お顔をお見せください」
私はいったん手を外し、彼女の顔を覗きこむ。
「どうした?」
「貴男様のお顔が、よく見えなくて……あの……寂しいのです」
「私の下半身も、私だが」
「怖いのです。あの、貴男様がこちらの……びくびく動く、あの……、怪物になってしまったようで……」
「怪物か」
不安げに開いた口元に舌を潜らせた。舌を抜くと、二つの枕を重ねて台にし、アクリナの背に当てる。
「これで私の顔が見下ろせるはず」
私は寝台から降りる、床に膝をつき、アクリナの膝の間にしゃがんだ。
彼女の顔を見上げると、目が合った。
アクリナは慌てて目をそらした! 
イタリヤから帰国して一ヶ月以上たち、だんだんロシヤ人気質が戻ってきていた。
私は婦人たちに微笑んで見せることを忘れた。やたらに笑うのはここでは無礼なのだ。それでも微笑すればアクリナの気は軽くなるだろうに。アクリナは不安そうに私の頭から顔にかけて見下ろしている。

私はアクリナの核をこすり続ける。
私の根もひどく疼いているのだが、みずから左手で軽く慰めながらなんとかもたせる。充血が激しくなり、裂け目本体の口が粘った音を立て、くっついたりはなれたりした。
アクリナが奇妙な声を出す。「ああ、ああ、」と。
腰に力が入り、恥骨を突き出し、腰全体を半ば浮かす。アクリナの内腿が痙攣する。涙とよだれが滴っていた。私は石榴色の裂け目が不規則に痙攣するさまをじっと見つめる。
「……商人様、おやめくださいまし」
「どうしてだね? 激しい痙攣だね。色が濃くなって、実が膨れ上がって、内腿が赤く染まって……」
アクリナ自身が何が起きたかわからないようだった。
「これが、恍惚なのですか……?」
「そうだ。まだ他にも色々ある」
「他にも……」
「そう。全て教えてやりたいのだが」
アクリナは脚を閉じよう閉じようとしていたのも忘れ、だらしなく股を開いたまま、動けないようだった。
展翅した蝶のようだった。石榴色の部分が盛り上がっている。膨れた襞が、時々震える。

アクリナが静かに泣きだす。
快楽に対する罪悪感なのか、自分でも初体験の恍惚をすべて私に制御され、私にそのありさまを最初から最後まで観察されていたからか。
単に突然の体験に驚いたのか。
私はアクリナの右手をつかみ、自身の実、膨らんでひきつる突起にさわらせた。
「私がいなくなって、寂しいときには、こうやって自分で慰めてみなさい。私のことを考えながらするんだ」
「貴男様がいなくなるなんていやです」
私はアクリナにのしかかり、長い接吻をする。私の胸が、アクリナの乳房をこする。唇を外すと、アクリナは涙で顔が濡れていた。

私はアクリナの脚をさらに広げた。裂け目を撫でる。じゅうぶん濡れている。
みずからの下腹部の根本を掴み、ゆっくりとアクリナの裂け目に差し込んでいく。
アクリナはやはりきつい。
小さく痛いと呟くが、すでにこの痛みは覚悟しているようであった。唇を噛みしめて受け入れようとしていた。
「そっと入れる……恍惚の後はこちらの口もいつもより広がっているはずだ……」
そっと入れると言ったが、私の挿入は彼女に打ちつけるようなものになった。もう私も我慢ができなかったのだ。

七時過ぎていた。
私たちは食事をし、部屋を借りた十時まで交わった。

今回は商人様が服を脱いでいく場面が気に入っています。
彼は19世紀初めのロシヤの洒落者、ダンディという設定です。
服装のなかでも、特に下着や靴下などが仲々わかりませんでした。頑張って調べましたが、間違っているかもしれません……。
当時のダンディの肖像画を見ると、コルセットをしてるのではないかという気がしますが、スルーしました。


アイキャッチ画像
“Beginning of spring”
Painted by
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]