第12話 領主の私とただの私 1 ★

やっと修道院で、ずっと探していたヘンリー卿と会った商人様。リャードフ家を出て、修道院の真下にある下宿屋に移ります。
リャードフ家の料理女アクリナが、『お一人で不自由でしょうから夕食を作って差しあげたい』という口実でやってくることに。
アクリナを連れ出してみたが、元気のない商人様。後半は性描写が入ります。
また、長いので二回に分けます。

8月18日から19日,1826年

修道院に行った翌日、私は二週間あまり滞在したリャードフ家を辞した。
アクリナの居心地の悪さが不安ではあったが、例えばまったく知らない別の家に行くよりもましだろう。リザヴェタとのあいだはぎくしゃくしても、殺されたり鞭打たれたりすることはまずない。

私の見つけた下宿は修道院の丘の真下だ。土産物家の二階で、応接間と寝室の二部屋がある。朝・晩の賄いつきであった。
一階では一家十人が暮らしていた。時々、六人の子供が大騒ぎをした。祖父母が老いた目をしょぼしょぼさせながら、土産用の下手くそなイコンを描いたり、白樺細工でイコンの額を編んだりしている。
一階の声が私のいる二階にまで伝わる。怒鳴りあいの喧嘩も多い。
外の通りはいつも巡礼者でいっぱいでざわついていた。森閑とした領主館で育った私は雑音が嫌いだ。

私は朝六時に修道院に出かける。この地では、夏は午前三時過ぎに夜が明けた。
年代記の解読は遅々として進まなかったが、午後、一時か二時にはやめて、下宿に帰ることにしていた。私にはやるべきことがたくさんあった。
リャードフ家を出て三日目、八月の十八日、下宿に戻ると、応接室で、長椅子にも座らずヒローシャが待っていた。リャードフ家の馭者で馬丁の純朴な青年だ。耳当て付きの帽子を取り、頭を下げる。
「ヒローシャ、よく来てくれたね」
私は椅子を勧めるが、ヒローシャは丁重に断る。
「ああ、大切なお客様だった首都の商人様! 明日、アクリナさんが貴男様をお訪ねしたいと申しています」
「良いのか? 料理はどうするのだね?」
私は耳を疑った。どうやって連れ出そうか考えていた最中なのだ。彼女には、料理女の仕事があった。
「はい、明日は他の料理女が来るのです。
……フョードル様が大切にお世話しているご婦人が、料理女を連れておいでになります。お二人で、晩餐を作ってくださるのだそうです」
「ほう」
リザヴェタが焚きつけたのだろう。ああ、有能な我が将来の妻よ。求婚を受けてくれればだが……、貴女はとても素晴らしい。
「それで、アクリナさんはリザヴェタ様にお願いして、」
「お願いしたのか」
あれほど恐がりで、決まった仕事以外を誰かに頼むなどろくにできない気性なのに、やるではないか。
私に愛撫されるためだけにあるかなきかの勇気を必死に絞りだしたのだ。
ああ、可愛く健気な私の女たちよ……。(リザヴェタは求婚を受け入れてくれたならだが)

「アクリナさんは半日お休みをいただくことになりました。それで、貴男様がお一人で、お食事など困っておられるだろうから、明日はお作りしますとのことです」
「それは有り難いね」
「アクリナさんは良い方です。私と同じ、敬虔な正教徒です」
ヒローシャはもちろん邪気なく言う。
「何を召し上がりたいかうかがって欲しいと頼まれました」
「ああ、アクリナならカーシャ【*粥】かな。……聖グレゴリイ広場に来れば、迎えに行くと伝えてくれ。寒ければ中央ホテルのロビーで待つように。何時に出て来るのかね」
「三時少し前には出られるようです。向こうの方が三時にいらっしゃるのです。ですが、商人様、よろしいのですか? アクリナさんなら私が送って参りますが」
「ああ、馬を借りたのだ」

ヒローシャを下宿の裏にある厩舎に連れて行った。下宿先の土産物屋の裏はろくに手がつけられておらず、明るい林になっていた。
細い針葉樹林の下生えは縮こまったシダである。
私は借りた馬を見せた。白と黒の斑らの牡だ。ヒローシャは馬を撫でる。「この馬は良いですね。早さはそれほどではなくとも、長い道のりを走れるでしょう」
「あまり休憩を入れなくとも、何百露里くらい走れるだろうか」
「そうでございますね……」
しばらく雑談をしてからヒローシャは帰って行った。

翌日、私は午後一時に修道院を出た。あれこれ計画を立てていた。
緩く長い、じぐざぐの坂を下り、下宿に着く。
赤ん坊の泣き声が私の耳をつんざいた。
家主の土産物屋のおかみが私に言う。「旦那様、前にいらしたお宅の料理女さんが来ていますが」
「え、そうか」
三時に聖グレゴリイ広場で待ち合わせだと言ったのだが。
「旦那様がまだ帰ってこないと言ったら、外で馬を見てくるって出て行きましたよ」

私は家の横を廻り、厩舎の前に出た。アクリナがぽつんと立っていた。
「ずいぶん早いじゃないか」
「あ、商人様……」
「お昼の片付けをしたら、もう何もしなくて良いと言われまして、……出て参りました」

「今日はフョードル殿の未来の奥方が来るんだって?」
「はい」
「リザヴェタさんはどんなご様子だ」
「もうしばらくしたら、どこか……サンクト=ペテルブルクに行ってフランス語を習うと……、大伯母様の従妹がおられるそうで、半年くらい滞在なさるそうです」
「なるほど」
フランス語だけではあるまい。リザヴェタはサンクト=ペテルブルクで領主夫人にふさわしい、洗練された物腰やら、教養やらを身につけるつもりなのだ。それにアクリナや新しい母としじゅう顔を合わせていなくて済む。
「ヒローシャを連れていくとおっしゃってましたわ」
「それは良いね。彼がいれば大丈夫だろう」

「あの、これは何ですの」
アクリナは地面を指さした。地面は固く、シダでいっぱいなのだが、一部に私の掘った穴がある。
まだ掘りかけだ。長さは一サージェン足らずで、幅は半サージェンもあるだろうか。深さはまだ浅い。
根を巻いた針葉樹の苗を三本、転がしたままにしてある。

「せっかくこの街に来たのだから、記念に木でも植えておこうと思ってね」
「……そんなことを考えておられたのですか。貴男様がご自分で掘られたのですか?」
「私は農場で育ったのだよ。苗はヒローシャが手に入れてくれた。この土地で植樹するには、とにかく土を良くするのが大事だそうだね。深く掘って、土をふるって」
「はい……上に出ている部分は、ろくに日も当たらず、冷たい風と雪ばかり受けますから。根ぐらい柔らかな土に植えないと育たないのです」
「石榴が植えられないのが残念だ。意外に北方でも育つらしいが、ここではさすがに無理だろう。私の農場に植えてみよう」
「貴男様が出発なさったら、木を見に参ります……」
「そうか、頼む」

「いつ出発なさるのですか」
「長老様が亡くなったらすぐ。おまえに挨拶すらできないかもしれない」
アクリナは口もきけない。
「リザヴェタにも伝えておいてくれ」
「はい」
また泣きだしかけている。
「まだ泣くな。早い。だいたい私は戻ってくるのだから。今日は何時まで出かけていて良いのかね?」
「十時前ごろでしょうか。晩餐会の後片づけはあたしがすることになっています」
私は懐中時計を見る。「一時四十五分……なかなか時間があるではないか」

私はアクリナを後ろに乗せ、馬を出した。「どこに行かれるのです」
「南のほう」
アクリナは恐ろしそうに私の腰を掴んでいる。馬車はともかく、馬自体に乗ったことはほとんどないのだろう。

聖グレゴリイ広場を通ったところで、大声でこちらに向かって叫ぶ野太い男の声がした。
「悪魔と魔女が馬に乗っている!」
私は馬の速度を緩めた。聞いたことがある声だ。
この街の人たちは迷信深い。すぐ悪魔だの呪術だのと言いだす。もっとも迷信深い人たちは悪魔という言葉を口にするのも恐れて、『あの者』だの『敵』だのと呼ぶ。
甲高い女の声が続いた。「この悪魔! 女たらしの商人様、女の趣味がおかしい商人様!」着飾ったマリーナとダニイルが腕を組んで立っていた。
「まあ、アクリナさん。本当に? 本当にこの商人様のものになってたの?」
アクリナは顔を赤らめ、実に気まずそうに答えた。「……違うわ」
まったく嘘のつけない女なのだ。

「商人様、あんたに売られたけど、もう身請けされたのよ!」
マリーナは凄まじい着飾りようだ。ロマンティック・スタイルとかいう、最近流行りだしたドレスで、髪と同じ赤の生地である。袖は大きく膨らみ、胸元も開き、あちこちにリボンがついていた。頭には巨大なボンネット帽を被っている。
「結婚するんだよ! リザヴェタさんの攻撃がなくなった。諦めたのだろう。悪魔の商人殿、あんたがアクリナに攻撃をやめさせたのか」
「ああ、うん。そうだ」私はいい加減な返事をする。
「これからリャードフ家に行くのだ、マリーナといっしょに!」

私は面倒な二人を置いて馬を出した。
「マリーナの凱旋だ」
「あの方たちの話を聞いたら、また、リザヴェタ様が悲しみます。ダニイル様もマウリャ【*マリーナの愛称】も、面白がって話を大きくするに違いありません」
「リザヴェタは結婚したら、……結婚してくれたらだが、いやというほど抱いてやるから良い。……おまえはもっとだ」
「はい」
私の背中に華奢な体をこすりつけてくる。

町の入り口は南にあった。街道に面した駅舎【*鉄道ではなく、馬を替えるための設備】のまえに、アレクサンドル・ネフスキイ公の像がある。私は馬を止まらせ、降りた。アクリナを抱き下ろす。馬を駅の厩舎に預けた。
「ちょっと歩くよ」
「町を出てしまいますの? 何もないではありませんか」
「出てしまいはしない」
私は街道を横に逸れた。そこにはかつての要塞がある。崩れた堡塁の向こうに、煉瓦造りの、もう使われていない駐屯所があった。

廃兵の老人が待っていた。彼が傷を受けたのはリャードフ少佐が活躍した露土戦争あたりだろうか? それとも祖国戦争か? 脚をなくし、杖をついている。黙って頭を下げ、案内してくれた。
廃兵の杖のあつかいは上手で、アクリナは小走りになっていた。
「もう少しゆっくり行ってくれ」
「へい」
廃兵に続いて旧駐屯所の階段を降りる。
「ペチカに火を入れています」
「ありがとう」
「九時半ごろに駅に鍵を返しに行く。それまで誰も入れるな」
「へい」

男はアクリナをじろじろ見た。ぶつぶつ呟き、持っているウォトカを飲んだ。
「あれがいいのか……? 痩せすぎだし、魔女みたいに陰気じゃないか。なんで金持ちの旦那が」
私は男に金を渡しながら言った。「あれが良いんだ。詮索するな」
私はアクリナの肩を抱き、階段を降り、旧駐屯地の、半地下になった将校クラブのなかに入った。

中は元クラブだけあって広い。煉瓦造りの壁に張りついて、巨大なペチカが焚かれていた。
壁の一角に大きな穴が開いているのを、漆喰で塗り込めた跡がある。
ここが打ち捨てられたのは、前世紀半ば過ぎの民衆反乱の際、要塞のほとんどが破壊されたためらしい。
絨毯が敷いてあったようだが、もう剥がされ、丸めて部屋の端に立ててある。
木製の床は黒く塗られていた。
机と椅子が数脚残されている。
寝台はないが、仲々豪華な、革張りの長椅子があった。

アクリナは長椅子にへたり込んでしまう。「こんなところがあったのですか……」
「ああ、下宿の主人の親父さんが、以前、ここに勤めていたらしい。大昔だな。
これでも色々調べて考えたんだよ。
アクリーヌシュカ、何しろどこも今、混んでいるからね。ホテルの部屋は空いていないし、後家さん通りの下宿屋も時間貸しで部屋を借りられるだろうが……どうも気が進まなくてね」

アクリナは羊で作ったありふれた外套を脱いだ。
中に身につけているのは黒い服だった。
「黒い服だ。私の頼みをきいてくれたのか!」
「はい、急いで作りました。ルバーハは黒く染めました」
形はいつものサラファンと、胸元のあいたルバーハだが、サラファンは漆黒で、ルバーハも薄墨色だ。
私はサラファンを撫で、言う。「ああ、よく似合っている。きれいだ……布地代はどうしたのだね」
「時々、フョードル様やリザヴェタ様がお小遣いをくださいました。それに、この前の商人様にいただいた辻馬車代を合わせて」
「辻馬車にはちゃんと乗っただろうね」
「はい……言いつけられたことは守りますわ」
「おまえはほんとうに黒が似合う」
この私の言葉が、先々の彼女の運命を決めるなど夢にも思わなかった!

「立って歩いて見せてくれ」
「はい……あの、そのまえにエヴゲーニイ・パヴロヴィチ、貴男様も立って、外套をお脱ぎください」
私が立ち上がると、アクリナは背後にまわって私の外套を脱がせ、絹の帽子を取った。
外套掛けにかける。
さらに羅紗のフロックまで脱がせる。
「お寒くはございませんでしょう?」
「そうだが……、珍しいな。外套とはいえ、おまえが私の衣服に手をかけるのは。寝こんでいて、看病されて以来だ」
「あ、あの。お座りくださいませ」
「うん。赤葡萄酒を持ってきた。それから、おまえに土産が……」

アクリナは長椅子に腰掛けた私の前にひざまずく。じっと私を見あげる。
黒いサラファンと白い肌の対比が美しい。アクリナは上げていた髪からピンを外し、三つ編みを解いた。
「ずいぶん早いな」
「そうでしょうか。だって、お会いするのは四日ぶりです」
「長かったな」
私はアクリナを抱きあげて接吻しようとした。だが、アクリナは私の手から逃れ、こともあろうに、私のズボンの腹に手をかけた。
「……何をするつもりかね」
「あ、あの」
私はされるがままになることにした。失敗したら罰を与えれば良い。
アクリナは私のズボンの釦を外す。いちおう英国仕立てなのだから、大切に扱ってくれ。
シャツがどうなっているかは知っているはずだ。膝丈までのシャツは内側に折り曲げられるようになっており、釦で前後に止め、下腹部を覆っていた。
「釦を……」
私のズボンのうちに手を伸ばし、釦を外した。シャツをまくりあげ、私の男のものを取りだす。どうしていきなりこんなことをするつもりになったのかわからない。

「あ、……商人様、いつもと大きさが……」
アクリナが私の、平常時の陰茎を掌に載せている。二人とも服を着たままだ。
「え? おまえは私の体を拭いていただろう」
「そうしょっちゅうではありません。それに、いつも、あの……いつもの大きさでした」
眠る私の体は、何らかの生理現象で、婦人を前にしたときと同じ状態だったらしい。
「ピクリともしないのですけれど……ご病気なのですか?」
「ご病気って……」
ああ、アクリナは私の、あるいは大昔の婚約者殿の、勃ちあがったものしか見たことがないのだ。

「普段はこうなのだ。おまえが、私を興奮させれば大きく硬くなる」
「そのようになっているのですか。ああ、聞いたことがあるように……」
「で、どうするのかね。私のこのようなものだけ剥き出しにして」
アクリナの手の上で、私のものが少しずつ息を取り戻す。
「伸びてきましたわ……」
「何といおうか、恥ずかしいものだ……」
アクリナは誇らしげに言った。「商人様、いつも貴男様に林檎の皮みたいに服を剥かれている、あたしの気持ちがおわかりになりましたか」
「いや、おまえが……まあ、私もこれで表に出る蛮勇はないが」
「あたしの何が恥ずかしいんですの」
「敬虔な正教徒のおまえが、禁じられた婚姻外の関係で……神の罰も恐れず勇気を振り絞ってやったことが……、私の野蛮な道具を引っ張り出しただけで……それをどうするかといえば怖々と眺めているだけで……。その有様が、痛々しいといおうか……見ているこちらが恥ずかしくなる」
「あ、あの……」
「その懸命さが愛おしいといえば愛おしいのだが……」
アクリナの顔が羞恥に染まる。

見下ろすと、胸元の乳の間は白く、黒いサラファンと鮮やかな対照をなしている。アクリナの掌の上の私のものはますます充血し、膨らんでいく。私はルバーハの釦をはずし、サラファンを下げた。押さえられていた乳房が自由になる。
「あ……」
「その状態が似合う。黒いサラファンの上に白い乳房がはっきり浮き上がって、先端が石榴の実の色に色づいるね。これは、私のための取っ手だろう」
私は乳首をひねる。
「で、私のそれはどうしてくれるのかい」

「……こうするのです!」
アクリナは顔を歪めて、しっかり目をつぶり、咥えた。
「痛い。歯を立てないでくれ」
「も、申し訳ございません……」
「いや、やったことがないし、怖いのだろう? おまえがそんなことをしてくれるのが嬉しいよ。ここを舌で舐めてくれ」
私は根元を掴み、二つに割れた、剥き出しの部分をアクリナの口の前に差し出す。
「……はい」
アクリナは戸惑いながら薄い舌で懸命に舐める。アクリナは床に左手を突き、右手で私の男根を支えた。その下にぶら下がっているものはもっと恐ろしそうだった!
「ここは、子供の元になる種を作っている」
「ああ、……まったく存じませんでした……」
アクリナは私との子が欲しいだろうか? ふと、そのような考えが浮かんだ。私は領地の後継は必要だと考えていたが、正直なところ、子供それ自体が欲しいかというと、さして興味はなかった。

私は思わず溜息をついていた。いいところを舐めた。
「アクリーヌ、今のは良かった。私が反応したら、同じ場所をそっと舐めてくれ」
「は、はい」
アクリナはよほどの勇気を振り絞っていたのだろう。
常のように、私に指図されるようになると、もう疲れ切って惚けてしまったようになっている。
「疲れたら休みなさい。まだ時間はたっぷりある……ここと、ここが敏感だ……あとは、」
私は勃起した男根を持ちあげる。
「裏に筋が入っているだろう。根元をしっかり握ってくれるとなお良い」
アクリナは一度に色々言われて、混乱している。
「一度に覚えなくて良い」

床が黒い。ここを借りる前に簡単な掃除をさせた。蝋を塗っているのか、よく光る。美しかった。
その床に、黒いサラファンのアクリナが白く柔らかな重い乳房を零し、ひざまずいている。サラファンの生地は亜麻だ。比較的良い布を買ったらしく、織りは密である。
「美しいな」
藁色の髪が背中にとりとめもなく広がっている。伏せた眼球のふくらみを藁色の睫毛が厚く縁取り、乳房の先端だけが石榴色に持ち上がっていた。

私は、白と黒の対比をもっと見たかった。腰を曲げ、上半身と右腕を伸ばし、サラファンを掴んだ。背中までまくりあげる。膝丈のルバーハもだ。腰から下の白い肌が黒いサラファンと黒い床に浮かび上がる。
「な、……」
アクリナが舌を外した。
「後ろに鏡があるのに気づいていたかい?」
「え、」
アクリナは這いずった姿のまま、後ろを振り向く。「え、……ああ」
私は肩を押さえた。
鏡の中には映っているのは、高くあげた白い尻と、太腿の裏、それに尻の間では、石榴色の裂け目が引きつっている。

「きれいだ」
私は上半身を折り、唇に唇を合わせる。私は猫でも抱き上げるように、アクリナを私の膝の上に乗せる。アクリナの目が潤んでいた。やってはみても、怖く、辛かったのだろう。
「咥えるのはもういいよ。ありがとう。少しずつ覚えれば良い」
「どうして今日はそんなにお優しいのですか……」
「優しいかね」
「はい。口調も、お心遣いも、何もかもです……あの、裏もなさそうですし」
「そんなことがわかるようになったのかい、アクリーヌシュカ」
「他の方からはかばってくださいますけど……二人きりのときは、ひどいことばかりなさるのに……」

「私の地はこんなものだよ。鞭で打って欲しいのかい」
「貴男様がお望みなら構いません」
「それより接吻のほうが良い」
私はアクリナに接吻した。膝から降ろし、隣に座らせる。
アクリナを長椅子の背に沿って座らせ、私のほうを向かせる。細い脚を私の太腿に載せた。
アクリナのおかげで勃ちあがった私のものは、勢いがなくなってきている。
鏡には、アクリナの心配そうな横顔と、彼女の背を抱く私が映っている。
アクリナは黒いサラファンを乳房が零れるまで下げられ、また、裾は臍までまくりあげられているのだが、ただじっと私の麻のシャツの腕にしがみついている。
私は鏡の自分の顔を見る。我ながら不安そうな、情けない顔をしている。

「アクリーヌ、おまえにもっと触れたいが、黒い服を全部脱がせたくない……」
服は私が脱いだ。裸体の私はサラファンを着たアクリナを抱き寄せ、肩にもたれかからせた。
「商人様……、あ、あの、ずいぶん早くお脱ぎになりますのね……あたしは服を着ているのに。いつもと逆ですわ」
アクリナは目のやり場に困っているようだ。
「いや……おまえも乳房も繁みも剥き出しなのだが……、サラファンを脱いで、ルバーハだけになってくれるかい」
「はい」
私はアクリナのルバーハの上から体を撫でた。
「おまえは本当に黒が似合う」

そのまま私はじっと、アクリナを抱きしめ続けた。時折、藁色の髪に口づけしたり、乳房に触れたりした。
「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ。今日の貴男様はなんだかおかしいですわ」
「そうかね?」
私はアクリナを抱きしめるというより、彼女にしがみついたままだ。
「元気がありません。あの……新大陸のことですか? でも、戻ってらっしゃるのですよね」
「うん」

「キリーナ、アクリーヌシュカ、わかってもらえるか知らないが、領主の私とただの私では、何か違うのだ」
「どういうことですか……?」
「領主の私は残酷でね、人を従わせるし、領地を守るためなら何でもする。ほんとうに何でもね。
ただの私は……いまの私みたいなものだよ。
抜け殻みたいに優しいけれど、目的もなく気弱で、外国の本を読んで、たまにおまえを抱いて美味いものでも食べられればもうほんとうにじゅうぶんだ。
私は、領主の私に怯えている。まあ、どちらの私も君に恋をしているようだがね」
アクリナが顔を赤らめ、下を向く。あたしもです、という。

「リザヴェタのことは尊敬すべきご婦人だと思っているし、好意も持っているのだが……女を二人なんて、私には自信がない」
裸体の私は赤子のように、ますますアクリナにしがみついた。
背後からルバーハに手を差し入れ、そっと体を撫でた。白樺の靭皮のように、少し引っかかる肌だ。
赤子が乳を吸うように吸口を捻った。アクリナがうめく。
「あの……あの、では、お嬢様は領主の貴男様がお望みなのですか」
「だろうね」

「難しいお話で、どんな感じかよくわかりませんけれど……」
「まあ、イコンに祈るおまえと、淫らに私に体をこすりつけるおまえだって一体だが、別人みたいだろう?」
「はい」
「信心深いおまえは、自分の淫らさが怖くならないのか」
「はじめは怖かったのですが、長老様が好きなようになさいとおっしゃってくださいましたから。
……それに、あたしの淫らさなんて、貴男様のあとをついて行っているだけです。貴男様が受け取ってくださるから、あたしは淫らになれるのです」

また泣いている!
「ただの貴男様がお気の毒で……」
私は脱ぎ捨てた服から手巾を取って渡す。
「領主の私は私で、傲慢に楽しんでいるから。ふだんは領主の私もこの私もごちゃまぜになっているよ。
いまはどうも少々、神経が過敏になっていてね。心配をかけた。気にするな」
「お優しすぎて恐ろしうございます……」
そう言ったアクリナの口に、私は本当に優しく口づけした。

(このパートつづく)


アイキャッチ画像
“Beginning of spring”
Painted by
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]