第2話 薬湯と罰★

箸休め的な、ほのぼの? エピソードです。多少、性的な描写があります。

8月10日,1826年

目が醒めると、アクリナが鸚鵡の檻のそばに座っていた。
アクリナの背後にそびえている壁状のものは、煉瓦を積んで頑健に作られた巨大なペチカである。
八月の今は火が消えているが、いっそペチカを焚いて欲しいほど寒かった。
アクリナの話では、この街では九月からペチカを使い始めるという。
街は気象が異常だ。丘に囲まれているためか、雲が発生しやすく、緯度のわりに寒かった。
そんな場所に街ができたのは、厳しい気候を逆に修行と考えるロシヤ正教の修道士たちが住み着いたからだった。

アクリナはうつむき、角灯で手元を照らしながら、一心に、ほぼ長方形の兎の皮どうしを縫い合わせている。
皮は固く、長い針を皮の指貫さしぬきで力一杯、押しているようだ。
少年時代を思いだす光景だ。長椅子のうたた寝から目が醒めると女中が縫い物や繕い物をしている。私が起きたのに気づいて言うのだ。
『坊ちゃま、クワスを差しあげましょうか』

私が肘を立てて頭を支え、アクリナの流れるような手の動きを眺めていると、目が醒めたのに気づいたようだった。
「……商人様、お目覚めでございますか。……クワスか紅茶を差しあげましょうか」
「そうだな……何を作っている?」
「リザヴェタお嬢様の部屋に、今より大きな兎の敷物をと思いまして……」
アクリナの喋り方は、あいかわらずぎこちない。
「さすがシベリヤだな」
「馬丁の若者が、猟をしては兎を捕ってくるのですわ」アクリナは兎の皮をおいて立ち上がった。
「薬湯を作りました。滋養に良いもので……、もし、おいやでなければお飲みくださいまし」
「薬草のたぐいに詳しいのだね。さすが魔女だ」
「……母に教わりました」
「いや、素晴らしい知識じゃないかね?」
「薬草は……ここでは取り寄せないと手に入りません。自分で摘みにいけないのが残念でございます」

「リザヴェタお嬢様はお出かけか」
「はい。おそらく監獄に慰問に行かれております。……何故おわかりになりましたのでしょう」
「先ほど馬車が出て行く音が聞こえた」
アクリナが沈黙する。
「フョードル殿は監獄長官の仕事で、お嬢様と馬丁は留守か」
アクリナが小さく答えた。「……ええ」

私は訊く。「昨日の今日で、よく私の部屋に来たな」
「……仕事でございます。商人様は大切なお客様とうかがっております」
「他の召使いは?」
「小間使いの娘と、まるっきり子供みたいな見習いの下働きの娘がおります。この部屋にやるわけにはいきません」
「ああ、なるほど、年嵩としかさの召使いとしての、悲壮な覚悟なのか」
アクリナは針仕事の道具をしまう。
「……薬湯をお持ちしますわ」

銀の盆に載せ、急須に入れた茶を持ってきた。私の前で注ぐ。
「……滋養に良いお茶でございます。……血の流れが良くなると言われておりますわ」
薄荷に似た、さわやかな香りがする茶だ。私は熱い茶を一口すする。
「これは、マヨラン【マジョラム】か?」
「おわかりになりますの」
「領地の農園に魔女がいたと言ったろう。色々教わったよ。ああ、私も魔道士になれるかもしれない」

私は一口で茶を返した。
「もういい」
「まずうございますか」
「いや、うまいよ」
「では……どうしてでございます?」
「血の流れが良くなるのは本当らしいが、鎮静剤や制淫の目的でも使われるんじゃないか? 制淫とはね。確か不眠にも使えるとか。私を眠らせておこうということかね」

「あの……、決してそんな理由で……」
アクリナは嘘がつけない。声が震え、出入り口の祭壇に飾られたイコンをちらりと眺める。
本人が気づいているのか知らないが、嘘をついたら、聖ニコラや生神女マリヤが見ると信じているのだ!

「体には良いのだろうね」
私は優しく言った。
「昨日の今日でおまえをどうこうしようとは思わないが。それほど元気でも若くもない」
「いえ、お若くていらっしゃいます」
アクリナの緊張が急にゆるんだ。

「十八歳に比べれば若くない。アクリーヌシュカ、私は退屈でね。話をしないか? ここにある本はひどい。聖書しかない。夜にでも、リザヴェタお嬢さんに何かフランス語の本でもないか訊いてみてくれ。英語でもドイツ語でも良い」(私は語学が妙に得意なのだ)
「本がお読みになれるのは……素晴らしいですわ」
「まあ、そうだな」
ほとんどのロシヤ帝国民は文盲だ。司祭にすら文盲の者がいるのだ。
至聖三者【* カトリックなどでの『三位一体』】が、神、生神女マリヤ、奇跡を行う聖ニコラ、の三者と解釈していたりする。
私が見向きもしなかった聖書を、アクリナはどれほど読んでみたいだろうか。

「アクリナ、自分の名前くらいは書けるのか?」
「いいえ、そんな……無理です」
私は寝台から這い出て、書きもの机に行き、帳面と、インク吸い取り式のペンを持ってきた。私は彼女の名前を書いてみせる。

『Акулина』

「真似して書いてごらん」
私はアクリナにペンを渡す。彼女はペンを包丁のように握り、戸惑っている。
「ああ、持ち方がわからないのか」
私は、彼女の右手を左手で包み、指先を一本一本正しい位置に動かした。親指と人差し指でペンを挟み、それを中指の腹で支えさせる。

しかし、アクリナは手の指をいろいろに動かしてしまった。ペンは移動し、彼女は混乱している。
私はもう一度、ペンの持ち方を直した。この私が、実に辛抱強いではないか!
私の手で彼女の手を包み込んだまま、アクリナの名を書く。

「そのままもう一度だ。指は動かしては駄目だよ」
「は、はい」
アクリナはたいそうな時間をかけて、帳面に名を書いた。
拙い文字で、名前を綴り終える。
書き終えると嬉しそうに、自分の書いた名前を眺める。私は説明した。
「これがア、куでク……」

「帳面と、鉛筆があったな」
私はまた寝台から出て、新しい帳面と鉛筆を探し出す。
そして、今書いた帳面の頁を破って渡す。「これをあげるから、また練習してみなさい」

「……もう一度書いてみます」
 アクリナは再びインク吸い取り式のペンを持とうとして、やはりまた持ち方がわからなくなっていた。
私は彼女に再びペンをきちんと持たせる。アクリナは掌に汗を書いていた。
いざ書こうとするところで帳面を取り上げる。

「待て、そのままペンを持っていてくれ」
私は鉛筆を取り、帳面の新しい頁に、アクリナの手の指の形をスケッチした。その頁も破り取り、アクリナに持たせる。

「それを見れば、持ち方がわかる」
「あ、ありがとうございます」
「鉛筆はね、芯が減ったら、まわりの木の部分を削ってまた尖らせるんだ」
「はい……」
「疲れたのか?」
「はい。驚いて、嬉しくて、難しくて……」
私はアクリナが実に嬉しそうに、針仕事の道具に、帳面と鉛筆を載せるのを眺めた。

「おまえの部屋は誰かと一緒なのか」
「いえ、一階の召使い部屋は細かく区切ってあります。あたしの部屋は一人部屋です」
「それなら、一人で練習できるな。暗いか?」
「蝋燭がありますわ」
小娘のように幸せそうに、切り取った名前の頁を眺めている。
「可愛いな」
「……え、ああ……、商人様、ありがとうございます……」

「おまえが私の召使いならば、キリル文字【*ロシヤ語他で使われるアルファベット】を全部教えてあげるのだが。簡単な聖人伝くらい読めるようになる」
 アクリナは何か心を動かされたようだ。
「あたしが、一人ででございますか……司祭様のお話をうかがうのではなく……」

「司祭だろうと字が読めないのはよくあることだ。我が国の聖職者の程度が低いのは有名だ」
「でも、聖人様たちのお話をしてくださいますわ……」
「スコモローフ【*放浪芸人】と同じで、暗記しているのだよ。しかも正確に記憶しているのかわからない。私の領地の農村司祭がひどいものでね」

「この街の修道士様たちはそんなことはございませんわ」
「それはそうだろう。こんな年じゅう冬みたいな土地に住むなんて並大抵じゃない……もしかするとアクリナ、おまえは修道院があるからここで働いているのか」
「……それもございますけれど、……」
アクリナは言葉を濁す。単に、自分の身の上話などすべきでないと思っているのか。

「そろそろ、夕食の支度にかかります。商人様、ほんとうにありがとうございました」
私は寝台横の懐中時計を見る。「夕食は八時だったかね」
「はい」
「まだ三時前だ。時間はあるだろう」
「え、……あ、そう……ですけれど」

「アクリナ」
私は寝台の横にひざまずいているアクリナに言った。
「私の隣に座りなさい」
「あ、あの……」
「頼んでいるのではなく、命じているのだが」
「……はい」

アクリナは兎の掛け布の上に、私から距離を置いて腰かける。私はもう少しそばに来るように言った……命じた。
「……あの、商人様……昨日のようなことは、……なさらないとおっしゃったではございませんか……」
「ああ、言ったね。隣に座るのと、それと何か関係があるのか」
「はい、……」
おずおずと近づいてくる。アクリナは、もう一人座れそうなあいだを空けて止まった。

アクリナは黙っている。私は背をかがめ、アクリナの足先を取った。
「な、……何をなさる……のです」
私はラプチ【* 靱皮靴】の紐を解く。
「ラプチを脱がしている」
アクリナが小さく叫ぶ。
「……あ、あたしのラプチなんて、商人様がお触れになるようなところでは……それに……」

「それに?」
「今日は……昨日のようなことはなさらないと……」
「魔女に制淫剤を飲まされそうになってね。一口飲んでしまった……駄目になっていないか試したい。何を考えているのだか」
アクリナが息を飲んだ。もう許されたと思っていたのだろう。
ああ、私はこういう性格だった。一度忘れたふりをして優しくし、それから罰を持ち出したほうがずっと面白い。

私は両方のラプチを脱がせると、アクリナを仰向けに倒し、背と膝に片腕ずつ差し込んだ。マヨランの爽やかな香りがする。
腰かけた尻を支点にアクリナを半分回転させる。体の向きを寝台に添わせる。私は兎の上掛けを剥ぎ、シーツの上にアクリナを仰向けに横たえた。

「商人様……、申し訳ございません……」
目が潤んでくる。
「やはり怒っていらっしゃるのですね……浅はかでございました」
仰向けの顔に涙が流れる。ほんとうによく泣く女だ。
「別に怒ってはいない。ただ、おまえはフョードル殿の召使いだが、くだらない企みをしたことに罰を与えるのは私たちの階級の者の義務でね」
「……あんなに優しく文字を教えてくださったのに。……嬉しくて」
「それも義務だ。おまえたちを導くのも……だが、それができているとはとうてい言えないが……私は良い領主ではなかった」
過去形で口にしてしまったのだが、アクリナは気づいているだろうか。
まったく過去とも言い切れなくはあるのだが。この女はぼんやりしているようで、意外に鋭いのだ。

アクリナは涙を流し続ける。顔が上気し、頰も目のまわりも赤い。アクリナは泣くとずいぶん若く、幼くすら見えるな、と私は思う。
「あ、あの、」
しゃくりあげながら震え声で、ようやく喋る。
「浅はかな企みをした……あたしは、神様の罰を受けなければならないのです……」
ああ、我が民衆はかくのごとく諾々《だくだく》とものごとを受け止める。さもなければ自分は神に見放されたと考え、道徳など道端に捨ててしまう。
いずれにせよ極端だ。

私はアクリナのかたわらに腰かけ、ルバーハに包まれた左肩を押さえた。
亜麻の織りは粗い。爪を引っかければ簡単に破れそうだ。
襟元まで覆う型のルバーハで、襞はたっぷり取っているのに、薄く寒々しい。包まれた体が透ける。

サラファンに覆われていた左の乳房が、寝そべった体勢になったことで上部にずれ上がり、サラファンから押し出されていた。
私はじっと見つめる。
ルバーハを持ちあげ、乳首が尖っている。
糸を染めず、生の色のままの亜麻のルバーハときたら、まったく、すべてが透ける。乳輪が縮み、石榴色になっていることまで。
これでは、裸身に絹のレースだのシフォンだのを巻きつけた、いかがわしい女優やコケットと変わらない。
こんなことを言うとアクリナはまた泣くだろう。

「おまえはいつもそれほど泣くのか? フョードル殿やお嬢さんの前でも」
「泣きません……ご主人様がたは、あたしを泣かせることなどなさいません……」
「良い主人に恵まれたな。だが、私にしたことは返してもらおう」
「は、はい……。あたしが悪いのです。……商人様のお怒りもあたりまえですわ……」
アクリナはまっすぐ私を見上げた。
「……罰をお与えください」

私はアクリナの脇に座ったまま、ルバーハ越しに左の乳頭に触れた。
「触ってもいないのに興奮している」
アクリナはさっと赤くなる。
「あ、あの……」
「罰ね」

「……何をされても、……仕方ありません。だって、毒を入れることもできました……あたしは薬草の知識をみだりに使いました。よりによって尊く厳しい貴男様に……大切なご主人様のお客様の……」
アクリナは話すうちにみずからの罪をますます膨らましていった。その罪に圧倒されているようだ。
「もしかしたらリザヴェタお嬢様の花婿になってくださる方かもしれないのに! 本当はお優しく、あたしに文字まで教えてくだすった方に……」

昨日とは違い、イコンを裏返せとは言わない。神の罰だから、聖人に見られても構わないということなのだろう。
「毒を入れようなどと考えたのか?」
「いいえ、いいえ、まさか……でも、もっと強い、完全にお眠りになる薬湯にしようかとは……」
「考えたのだね」
馬鹿正直に告白するものだ。

「……罰は、私の家なら鞭打ち三十回あたりか」
アクリナが息を飲む。鞭は皮膚に絡みついて皮膚を剥がす。
「旅行鞄に、乗馬用の鞭をお持ちでございましたね……」
アクリナは静かに、恐怖を殺してただすすり泣いている。

私は寝台を離れ、旅行鞄を開ける。鞄の釦の音がアクリナの恐怖心を煽っているようだ。
剣が突き刺されるのを待つ致命者【*殉教者】のように、震えながらも立派に横たわっていた。
「これで良いか」
私は寝台に戻り、黒い革の乗馬鞭を見せる。
「うつ伏せになりたまえ」
「は、はい」

私はサラファンとルバーハを共にまくりあげ、白い尻を剥き出しにする。肉はまだ削げていない。そっと触れると磨いた骨のように冷たい。シーツに顔をつけたアクリナが、声を殺して泣きじゃくっている。
「アクリナ、我が館では鞭打ち三十回だが、ここは他の方が主人、叩く数は減らす」
「ありがとうございます……」
鞭打たれるのに礼まで言うのだ!

「では行こう」
私は乗馬用の鞭を振り上げ、速度を乗せて振り下ろした。
ヒュッと風を切る音は大きく聞こえるだろうが、尻に傷がつかないように、当てるときには力を抜いた。
ほんの少し、歩いている最中に小枝が額にぶつかる程度の痛みであろう。

「……アクリーヌシュカ、もうやるなよ」
「え、終わりでございますか……」
「おまえには警告で十分だ。傷もつけたくない」
「あ……」
アクリナはまた泣きだす。サラファンもルバーハも腹までまくりあげられたままの状態で、シーツに顔を埋めて安堵の涙を流し、膝をついて白い尻を持ち上げる。
わざとやっているのか、と私は疑う。いや、そういうことができる女ではない……恐らく。

冷たい白い尻に触れる。
「あ、あの……商人様」
アクリナが、驚き、困惑した声を出す。
「誘っているとしか思えない姿だがね。気づいていないのか?」
私は両の尻を掴み、ふたつの丘を割って広げた。後ろの門を覗く。ここも石榴の実の色である。
「こちらにも入れてみたい」
私はすぼんだ門にそっと触れる。
「……そんな、神に背くこと……」
ああ、あちこちに停泊した船を降り、港を外れた岩場で見つけた海の生き物のようだ。私はもっとよく見ようと、尻の割れ目を大きく広げた。

「おやめください!」
柔らかく周りに触れる。門はゆっくり動き、何か飲み込みたがっているように見える。輪をすぼめて段になった部分を撫でてみた。
「ここは、潤滑油が必要だろうな。ヒマワリの油が良いそうだ」
「そんな恐ろしいこと……」

私は白い尻に接吻する。
そして、石榴色の裂け目から透明な粘液があふれきっているのに気づいた。粘液は裂け目を前で覆う藁色の繁みまで濡らし、シーツに滴っていた。
「罰を受けたかったのか? たいへんな濡れようだが」
「……昨日、貴男様に触れられたところが震えて、じーんと痺れて……あの、燃えるようなのです。少し痛くもあり、とにかく苦しいのでございます……」
「なるほど」
たいそう敏感なのであろうか。それとも本人も知らぬ被虐嗜好があるのか?

私はアクリナの剥き出しの太腿の両脇に膝をつき、覆いかぶさるように抱いた。
私の男性の器官も興奮しているのだが……、
「おまえをこの場で抱きたいが、体力がまだ戻らない。昨日無理しすぎた。……おまえも時間がなかろう」
「はい……」
「残念そうに聞こえる」
「……ち、違います……」

私はアクリナの上に全身をかぶせ、うつ伏せにシーツにつけた顔を横に向けさせる。そして、長い接吻をした。
「今度は媚薬を調合しなさい。おまえが飲むものを」
そう囁くと、アクリナは口元を覆い、体を震わせながら呟いた。
「あれは……強すぎる……駄目」
何か具体的な媚薬を考えついたのだろう……。

私は起き上がり、アクリナのまくれあがったサラファンとルバーハを直した。
「飲みたまえ、制淫剤だ。苦しいのだろう?」
「は、はい……」
私は寝台に腰かけ、アクリナを肩にもたれかからせた。彼女の顔はまた涙でぐしゃぐしゃだ! 私はアクリナの頰を手巾で拭いながら、冷えた薬湯を飲ませた。


アイキャッチ画像
“Beginning of spring”
Painted by
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]