第1話 石榴の実の色●

『私』こと『商人様』エヴゲーニイ・パヴロヴィチは夢のあいまに見て気に入った『魔女アクリナ』にやっと対面します。そしてアクリナにひどいことをします。●さいごまでの性交描写があります。無理矢理です。

8月9日,1826年

おそらく、今度こそ夢のつらなりから逃れられた。

私の布団は跳ね上がり、カフタン型【*ローブ状のトルコの民族衣装】の寝巻きの帯が解かれていた。
召使いの女が濡らした布で私の肌を拭いていた。
「……君は?」
私が尋ねると、女はひどく驚いて謝った。
「リャードフ家の料理女でアクリナと申します……申し訳ございません、あまりに汗をおかきなので。お寝巻きがびしょ濡れで」

「ああ、……」
料理女は若くはない。白樺の削りたての靭皮【じんぴ *木の繊維質】のような、かすかに引っかかる肌をした、痩せた女だった。
頬に涙の筋があった。目のまわりが赤い。
夢の途中で、切れ切れに見えたのはこの女だ。麻のルバーハに青いサラファン、頭には頭巾という姿だ。

私は女に訊いた。「なぜ泣いている?」
「修道院の長老様がご危篤なのでございます」
私のためではなかったのか。

私の仕事は主に交易である。領地を経営するかたわら、……といっても家令に任せきりなのだが……収穫した小麦やライ麦を英国に輸出し、イタリヤかギリシャで葡萄酒を仕入れる。
今の私は、子供時代の家庭教師であったイギリス人、ヘンリー卿を探していた。
別れてから十年以上たって、彼から手紙が来たのだ。
ヘンリー・リード卿は、長年探していた稀覯書きこうしょ、古代教会スラヴ語で書かれた年代記をみつけ、私にともに翻訳しようと誘っていた。
(私は語学に妙な才があった)
そのために私は、ロシヤ帝国はシベリヤの、修道院と監獄で名高い、この小さな街まで来たのだった。

泊まっているのは街の名士で、監獄長官を勤めるフョードル・イヴァノヴィチ・リャードフの屋敷である。知人の侯爵に紹介状を書いてもらったので歓迎された。
リャードフ家で私に与えられた部屋は、二階の通り沿いにあった。

ペチカ【*ロシヤ式の作り付けの暖房装置】のうえに、鳥籠がぶら下がっていた。
なかにいるのは、籠にくらべて少々大きすぎる鸚鵡だ。緑と青の色鮮やかな南国の鳥は、なんとシベリヤに不似合いであろうか。

壁に赤い地の掛け絨毯が貼り巡らされているのは、ウラル以西の大ロシヤとさして変わらない。
しかし、布団の上にかけられた布は黒や茶、薄茶、白の兎皮を縫い合わせたものであった。いったい何十羽の兎であろう?

「何か、食べ物かお飲物を……」
女は陰気で、内気らしい。祈り声は出せても、他人と喋るのは苦手なようだった。
「クワスはあるかね」
「はい、お持ち……いたします」
アクリナは布を私の腹の上に置いたまま、もちろん寝間着も直さず、慌てて出て行った。八月なのにペチカが焚かれている。部屋は暑いくらいだった。
私は再び目を閉じた。

アクリナが戻ってきたらしい。また眠っていた私を、心配そうにのぞき込む気配がする。
このまま飲み物だけ置いて戻るか、私を起こすか迷っているようだった。

この女が看病してくれたのならば、夢でフョークラを見るわけだ。フョークラのことなど忘れていた。
似ているといえば似ている。
目覚めて改めて見ると、せいぜい同じ村の出身かもしれない程度の似方なのだが。
アクリナは、夢だか、夢の合間にだか、『魔女だ』と言われていた。
確かに痩せて、陰気なさまは魔女に見えなくもない。
若い日には整っていたであろう目鼻立ちが、現在は奥歯を噛み締め続けたらしきためにわずかに歪み、表情は妙に苦しげである。
だが、夢で見た……夢と混じって見えた現在のアクリナは、一見地味な顔立ちなのに、フョークラと同じように意外に唇が厚く、石榴色で生々しい。
あの唇から薬湯を飲ませてくれたのは現実であろう。

寝間着は直され、体を拭いた布も取り除かれている。
「クワスをお持ちしました」
私は盆のうえの杯に手を伸ばし、一気に飲んだ。
「アクリナか。今日は何日かね」
「八月の九日でございます」
「そうか。……コサックに、馬の脚を折られたんだ」
「え? 知らないコサックでございますか……? 何のために」
「わからない。物盗りでは無かった。私の名前を確かめ、いきなり馬の脚を棒で殴ってそのまま去っていった。
おかげで馬は倒れ、骨折して、撃ち殺すしかなかった。
隣の河川要塞の街から、この街まで馬で三日で着く予定だったのに、歩いて一週間もかかった。
おまけにさらに一週間寝こんでしまった!」

アクリナは奇妙なことを言った。
「まだ、修道院の長老様は生きておられます。
……もし巡礼でいらしたのならば、逆に……奇蹟の瞬間がご覧になれるかもしれません」
「いや、私は巡礼に来たのではない。イギリス人を探しに来たのだ……アクリナ、君がずっと世話をしてくれたのか」
「はい、商人様、だいたいは」
「そうか、ありがとう」
礼を言うとアクリナは困ったように目をそらした。礼を言われたことなどほとんどないのであろう。小娘のように頬を赤くする。

「私のために祈ってくれていたね」
「え、ああ……申し訳ありません」
「何故、謝る?」
「……貴男様のようなご立派な殿方のことを勝手に祈って……」
「私にお嬢様の花婿になって欲しいのかね」
アクリナはさっと顔を赤らめ、しどろもどろになった。
「あ、あの。……ほ、ほんとうに申し訳ございません。お嬢様に言われたわけではありません。あたしが勝手に……」
少し押せば誰の言うなりにでもなりそうな女だ。危なっかしい。

アクリナはうつむいたまま、呟く。「軽食をお持ちいたしましょうか」
下がって良いと言われるのを待っているようだ。
そんなことを言う気はなかった。
「お嬢様のことは駅舎でも聞いた。縁遠い方なのか」
「はい。……でも、おきれいです」
「おまえもきれいだと思うが」
アクリナは返事をしない。というより、何を言われているのかわかっていないようだ。
「リザヴェタお嬢様はおきれいだし、賢い方です……」
「いや、お嬢様は知らぬ。まだお目にかかっていない。ただ、私はおまえがきれいだと言っているのだ」
「え……?」
アクリナはやはり私の言葉をまったく理解していない。

「夕食の支度をするのかね」
「もうシチー【*シチュー】の材料をペチカに入れて、下働きの娘が見ております」
「君の娘?」
「いいえ」
「子供はいるのか?」
「……おりませんわ」
妙なことを訊く旦那様だと言いたげであった。
私はアクリナを眺め続けた。
無遠慮な視線に気づいたのか、アクリナは困った様子になる。
「私はおまえがきれいだと言ったのだよ」
「どうしてそんな妙なことをおっしゃるのです?」
「ただの感想だ。妙なことかね? 君のご夫君はそう言わないのか? 私ならば毎日言うが……」
戸惑っている。
「あ……あの。商人様」
私が交易をしているという事実だけは聞かされているらしい。
「貴男様のように身分の高い、優雅なお方がきれいと言ってくださるなんて……お礼を申せばよろしいのでしょうか?」
「いや、私に訊かれても……」
妙な女だ。

「おまえはフョードル殿のお手つきか。あの方は『やもめ』だろう」
フョードルは、このリャードフ家の家長で、監獄長官の地位にいる。
「ま、まさか。フョードル様はあたしを『飯炊き婆さん』とお呼びです」
「『飯炊き婆さん』だと? どうかしている」
魔女の夢がまだ生々しく残っている。
私は石榴色の肉感的な唇から目が離せなくなっていた。

「アクリナ、接吻しても良いか」
「……え?」
「口の中で温めて薬湯を飲ませてくれただろう。おまえの唇が冷たくて気持ちが良かった」
アクリナはもう困惑と羞恥で、どうして良いのかわからないようだった。
「あ……あの、商人様、下がってもよろしいでしょうか」
「駄目だ」
「夕食の……支度がございます」
「弟子が見ているのだろう。嘘はいけないよ」

アクリナは私の寝台のかたわらにひざまずいていた。彼女がひどく緊張しているのがわかる。
それならば勝手に出て行けば良いのに。不器用な女だ。
「……あの、身分の低い女であれば、誰にでもおっしゃるのございましょうか」
「何を?」
「きれいだとか、接吻させろとか」
「そうでもない。どうすれば私のものになる?」
アクリナは呆然と黙り込んでしまう。

「冗談だ。もう少し寝るよ。緊張させたようですまないね。あとで何か軽食をくれないか」
「あ……はい、わかりました、商人様」
アクリナはほっとしたようだ。
私は寝台の背もたれに寄りかかっていたのだが、ふたたび上掛けに潜りこむ。
「鸚鵡がいるのは面白いな」
「はい、あたしが世話をしております」
アクリナは私のめくれた上掛けを直そうと、両手を出した。私はその機を逃さず、片方の手首を掴んだ。

アクリナの手が本当にこわばった。
驚き慌てて、私のてのひらを振り払おうとする。私は力を緩めない。
「あ……あの」
アクリナはそれでも何が起きているか、よくわかっていない。
そして私の、おそらく傲慢きわまりない、彼女を嘲笑うような表情を見て取り、アクリナは私が『若い娘を追いかける普通の旦那様』でないことにようやく気づいたようだった。

「アクリナ、私がお嬢様の花婿になるように祈っていたね。自分が嫌なことをお嬢様にさせたいのか」
「あの、本気でございますか……」
私はアクリナの体を引き寄せ、抱きすくめた。アクリナの全身が震えている。
「おまえはきれいだし、本当に接吻したい」
私は石榴色の濃い唇に、女農奴に何百回もしたような軽い接吻をするつもりだった。
罪のない、軽い接吻だ。
私はアクリナに正面を向かせる。
アクリナの後頭部をてのひらで押し下げ、唇に軽く唇をつける。
私は舌を差し込む……口内は柔らかいが、粘膜の奥は若猫の体のように張りがある。
気づくとつい、唇と舌、歯と口蓋を力まかせに舐め、吸っていた。最後には唇を噛んだ。
痛い、アクリナは小さく叫ぶ。
唇に血が滲んでいる。唇に赤みが戻り頬も娘のように赤い。どうもこの女は酷い目に遭わせたくなる。

アクリナが静かに泣きだした。
泣いているこの女は可愛かった。
「一ルーブル出す。こちらのご家族には黙っていろ」
抱きしめたまま囁く。
アクリナは私の腕の中で、捕まえられた昆虫のようにもがいている。
まったく思いがけない事態ではあったようだ。
「……一ルーブル? あ、あ……あたしは淫売ではありません……。あ、ああ……いや……、身分は低くとも、立派な正教徒でございます」
【* 正教 ロシア正教のこと。キリスト教の三大教派のひとつ、東方正教会のロシアでの活動】

「私も正教徒だ。洗礼も受けている。偶然だな」
「もっと若くて美しい方がおりますのに! 商人様ほど優雅ならばいくらでも他の!」
私は寝台から起き上がりたくなかった。
「アクリナ、君はいくつだ?」
「三十四歳でございます……もう」
「私と五つしか変わらない」
私はアクリナの両手首をつかんだ。

「いいかね、アクリーヌシュカ」
【* 愛称、なかでも子供にいうような言い方】

「客に恥をかかせるな。ここで旦那様やお嬢さんを呼んだらどうなる? おまえは客のベッドに潜り込んでいる。
私はおまえが私の体を拭いているうちに劣情を催し、布団に潜り込んできたと言おう。
おまえが若い娘なら皆おまえの言葉を信じるだろう。だが、十年前ならともかく、今ではどうだ?
おまえが恥をかくことになる。そして、そんなふしだらな召使いを雇っている旦那様やお嬢様も恥をかくんじゃないかね」

「そんな……」
おそらく思いもかけない言葉を矢継ぎ早に言われ、アクリナは混乱していた。考えているのは、主人一家に迷惑をかけてはならないということだろう。
私はアクリナのラプチ【* 靱皮靴、民衆用の履】を脱がせた。
白樺の繊維を編んだ履き物だ。アクリナのかかとは硬く、ざらついている。

私は本当にアクリナを寝台に引きずりこむ。
アクリナは小さく悲鳴をあげた。私は静かにするように言った。
アクリナは切羽詰まった小声で続ける。
「あ、……貴男様好みの、美しい娼婦を教えて差し上げます!」
「この街に娼婦などいるのか」
「監獄の囚人のご家族が住んでいる通りがあって、『後家さん通り』と呼ばれています。
ああ……そこには娼婦におなりの奥様や娘さんもいて……美しい貴族の奥方やフランス語が話せる娘もいます!
病院に行くふりをして、ご案内いたしますので……」

「アクーリャ、私はおまえが気に入ったのだがね。娼婦などどうでも良い。
それに敬虔な正教徒ならば自分が嫌なことを人にさせようとしてはいけないだろう」

「……あ、あの。おっしゃるとおりです。申し訳ありません」
この女はこんな場合なのに謝るのだ!
何なのだ。犯せということか? ……接吻くらいでは収まらぬ。
アクリナは三十四歳だと言った。情交になど慣れきっているに違いない。子が出来ないようにだけすれば良い。
そのくせ相変わらず涙は流している……。

「『おっしゃるとおりです』か! ああ。おまえより私のほうが正しいのだね。正しい者の言うことには従ったほうが良いだろうよ」
「あ、ああ、そうなのでしょうか……」
何を言いくるめられているのだ。危うい目に遭いかけているのに。そんな目に遭わせている私のほうが、この女の流されやすさを心配しはじめている。
私は寝台にうつ伏せに肘をつき、アクリナの体を檻のように囲んだ。アクリナが驚いている。
「……でも、あ、ああ。もう接吻はいたしましたし、これ以上は……」
アクリナの声は弱々しい。
頭巾の顎紐を解く。
アクリナは生娘のように体を固め、目をきつくつぶり、横を向いている。見ず、感じなければ、私が存在していないと信じ込めるように。

「何を……?」
青灰色の目が怯えた様子で私を見上げた。
頭巾を取ってかたわらの床に落とした。三つ編みにしてピンで留めた、藁色の柔らかな髪をほどく。
三つ編みは一本だ。既婚者ではないのか?
【* 髪の束が一つならば未婚、二つは既婚】

「安物のピンだな」
「当たり前でございます!」
「おまえにはガーネットが似合いそうだ」
「も、もう、お許しくださいませ。あたしも忘れますから……」

最後に女と寝たのは今年の始めだ。気取ったコケットか伯爵夫人か、踊り子のレダだかアウロラだか、何か軽薄な女の誰かだ。
アクリナは化粧すらしていないのに、唇が赤い。こちらのほうがずっと良い。
「ああ、旦那様ほど優雅なら、どんな美しい令嬢でも貴婦人でもお選びになれるでしょうに! どうして、あたしなんか……」

「おまえがきれいで好みにかなったと言っているだろう。
おまえも私を気に入ってくれたのではないのかね。聖ニコラに祈りながら、私のために泣いてくれていただろう?」
「……お祈りなどしなければ良かったのですか……」
アクリナはぼろぼろ涙をこぼす。
「私が優雅だと言っていたね」
「貴男様は確かに優雅です。で、でも、こんなことをなさるなんて……。さっきお目にかかったばかりなのに、……」
「寝ていた一週間のあいだ、おまえのことばかり考えていた」
「そんなの嘘でございます……」
「本当なのだよ」
私はふたたびアクリナに口づけする。
唇は柔らかく冷たい。薬湯の匂いがする。
アクリナの薄い舌に触れた。アクリナは嗚咽しながら、かすかに溜息を漏らした。

「アクリナ、君が良い。おまえの藁のような髪、灰色の怯えた目、色褪せていそうで、よく見ると赤く肉感的な唇、泣き崩れるみっともないようす……何故だろうね。とても惹きつけられる……」
「どうしてそんなにむごいことをおっしゃるのです……あたしがただの召使いだからでございますか」
「いや、私は召使いにも女農奴にも優しいよ。だが、おまえは苛めたい」

「苛めたいですって?」
「聖アクリナを致命ちめい【* 正教で殉教のこと】に追い込んだ異教徒たちみたいにおまえを拷問したいね。
顔を叩いて、裸にして鞭打ちたい。熱した鉄の棒を押しつけたい。死骸は道に捨てて犬に食わせたんだっけ」
アクリナの顔が恐怖に歪み、痩せた体はますますこわばっていく。
「犬に食わせたりしないよ」
私はうつ伏せのまま、体の下にアクリナを閉じ込めている。髪や唇や睫毛に口づけする。唾液と涙がアクリナの顔を汚す。

「アクリナ、私は嫌がる農奴の娘を犯したことなどない。そんなことをしなくても勝手に来る」
アクリナは私に両手首をつかまれ、顔をくしゃくしゃにしてしゃくりあげる。しゃくりあげるアクリナは妙にあどけなく、残酷に扱いたくなった。
「軽薄な農奴の娘や小間使いは私に抱かれてみたがる。ついでに絹の手巾でもせしめようとする」
「……あ、あたしはそんなこと、お願いしていません……絹の手巾も要りません」
「宝石のついた耳飾りを欲しがる娘もいる、のぼせあがって農場の端で秘密の一家を持ちたいという娘までいた。ほとんど子供のような娘だったのに。半裸で追い出した」
「ひどい……」
「領地の娘たちなど真面目に働いてくれれば良く扱う、それだけだ」
「奥方様は……」
「いない。私は独り者で、どんどん荒んでいく」

私はしばらく、服の上からアクリナを抱いていた。体重をかけない程度に体を乗せる。
硬いサラファンの布地の上から乳房に触れた。
痩せているわりに豊かだ。サラファンの胸の下をきつく結ぶことで乳房を支えている。体はまだ崩れていない。
じっと抱きしめていると、アクリナの体が私の体に吸いつき、馴染みたがっている気がした。
時折、逃げ出そうとばたつく。
「……奥方様をおもらいになればよろしいのに」
「それまで禁欲していろというのかね」

本格的に、とにかくもう、この女を私のものにすることに決めた。こういうやり方は好みではないが、私は急いでいるのだ。この女が気に入ってしまったのだから仕方ない。
私は左手だけでアクリナの両手首を乱暴に掴み直し、寝台の頭のうえに押さえつけた。
水仕事で荒れた、だが骨のようにさらさらした、きゃしゃな手であった。
アクリナの力では、男に押さえられれば決して解き放てまい。アクリナは目を見開く。「もう、冗談ではすみません。……ほんとうにお許しを」
「どうしてこれで終わりだなんて思った?」
アクリナは返事もできなようだ。私は右手で、サラファンの前開きの釦ぼたんをはずしていく。
「あ……お慈悲の心があるのならば! 商人様も正教徒でいらっしゃるのでしょう。あ、あたしをめちゃくちゃになさるつもりですか」
大声で悲鳴をあげそうだった。私は耳元で囁く。
「お嬢さんにこんなさまを見せたいのか」

私はすっかり釦を外したサラファンを床に落とした。
アクリナは膝丈のルバーハだけの姿だ。ゆったりした筒の胴衣に膨らんだ袖がついたルバーハが、肌着も兼ねている。
これが我が国の貧しいご婦人たちの麗しの下着だ。
ザラザラした亜麻のルバーハは首までの詰め襟だ。襟元の引っ掛け金具をはずし、襟をずり下げる。
「え、あ……どうして、……ああ」
厚く艶やかな花びらをした、大きな白い花がふたつ咲きこぼれたようだった。私は眩惑される。
「ああ、ほんとうに素晴らしいね。アクリナ……」
白く重い乳房にはまだじゅうぶん張りがある。私は色の濃い、唇と同じように石榴色の乳首に唇をつけた。
……舐めているうちに乳首が尖ってきた。なんと甘美なのだ。

「ああ、商人様。お待ちください。せめて生神女しょうしんじょマリヤ様【* 正教の聖母】にこんな姿は見せたくありません」
アクリナがふらふら立ち上がり、寝台から這い出た。
扉の入り口近くに、聖なる祭壇がある。祭壇に飾られた、生神女マリヤと聖ニコラのイコンを裏返す。
ほの暗い部屋の隅に立つと、亜麻のルバーハの背が亡霊のように白く浮かんだ。つきだした足首の腱はバロック真珠のようだった。

アクリナはそのまま、服を持って部屋を出ようとした。予想はついていた。私は素早く掛け布団と兎皮の掛け布を翻し、立ち上がる。
左の二の腕をつかんだ。
アクリナを捕まえると同時に接吻した。軽い体をなかば担ぐようにして、寝台に放り出す。覆い被さりながら、私は自分の寝間着の帯を解いた。
アクリナが顔を赤らめる。下腹部を決して見ない。
「脱がせたのはおまえではないか」
「それは、体を拭き浄めるためでございます……お風邪をお召しになりそうでした!」
「ああ、もちろんわかっているよ。君は看護のかたわら、好奇心を満たしたかったんだね」
「ち、違います」

アクリナの両手を高く挙げさせる。彼女の両手首を、ふたたび左手を使い、寝台の背もたれに押さえつける。
「どうしてこのようなことをなさるのです……商人様は、農奴の娘を無理に……あの……最後までしたことなどないとおっしゃったじゃありませんか」
「おまえの祈り声と泣き声が耳について離れない。仕方がないから最後まで抱かせなさい」
「そんな……滅茶苦茶です……」
私は右手で亜麻のルバーハの裾をつかみ、足の下へと引きずり下ろした。
アクリナが着ていたのはこれらだけだ。
コルセットやドロワーズ、複雑怪奇な下着をはめた南国の女たちに比べて、寒いロシヤ帝国の料理女を、剥いた兎のように丸裸にするのは何とたやすいのであろう。

私とアクリナは互いに素裸で寝台の上で向き合っていた。
「もう……あの、夕食を……」
「弟子が見ているのだろう? さっき自分で言っていただろう。アクリーヌシュカ、正教徒なら嘘はいけないよ」
「正教徒なら、商人様こそ、このような破廉恥な……、貴男様には物珍しい玩具なのかもしれませんが、あたしはバラバラになってしまいます」
「可愛いことを言うのだね」

私は左手でアクリナの肩を抑え、右手で亜麻色の、というより藁色の髪を撫でた。
八重咲きの花びらを一枚ずつむしっていくように、右手でつぎつぎと彼女の秘密の部分を広げていく。
「い、いや、……いやです」
アクリナは片手で顔を隠して泣き続ける。私の手から逃げようと体を硬くし、私の腕を、きゃしゃな手で掴もうとする。
子供を産んでいない体は年よりずいぶん若い。
「すごくきれいだ」
私は正直に言った。優しく囁いたつもりだが、アクリナは泣き止まない。
鎖骨のくぼみ、繁みに覆われた複雑な形の腋窩、冷たい腹、臍。私はアクリナの体をひっくり返し、冷たい尻を持ち上げる。……後ろの門を高く掲げさせると、すすり泣きが激しくなった。
私はもっと尻を高く上げさせ、足を開かせる。内腿が痙攣している。
やわらかな膝の裏と、まっしろな内腿はことに気に入った。

「それほど私が嫌か?」
内腿を這わせた手を上にあげる。
いっそう抵抗が激しくなるが、アクリナはもう疲れ、消耗し、ろくに動けないようだった。
「いいえ、いいえ、ただ身分違いでございます。あたしは立派な殿方に笑われ、捨てられるのなどたくさんでございます」
「笑い者になどしない。誰にも話さない」

毟っていった白い花びらの一番奥、秘密の裂け目は、石榴の実の色の壁だった。もっとも熟成した赤葡萄酒にも似ていた。
裂け目の奥にいくに従って石榴の実の色が濃くなる。白い肌にこれはなんと蠱惑的なのであろう。
不思議なことにこの部分は女によってかなり違う。紅を塗っている者もいた。

この石榴色の奥深くが見たかった。寝台にアクリナの上半身を倒す。内腿を掴んで、脚をできる限り広げた。
「やめて……ください、……」
アクリナの両膝を立たせる。
膝のそれぞれに私の肘を乗せて、ゆっくりとさらに脚を開いていく。
裂け目の中央の襞が広がり、開口部が痙攣して閉じたり開いたりする。

アクリナが泣きながら嘆く。
「……なんていうことをなさるんです……こんなのは異教徒の盗賊がもっとも堕落した淫売にすることです」
私はアクリナの言葉に答える。
「さもなくば、異教徒の総督が刑吏に命じて、十二歳の聖アクリナにしたかもしれないね」
「どうしてそんな冒涜を?」
「名前が好きだからだ」
私は片手と片膝とでアクリナの内腿を抑え、あられもない開脚を強いていた。
左手で、アクリナの両手を彼女の腹に抑えつけ、右手で太腿の内側にそっと触れた。
隙間の奥は濡れていた。いくらでも液が湧き、裂け目から溢れ出てくる。
藁色の髪をかきあげ、耳元で囁く。
「酷いことはしない。優しくしよう」

アクリナの瞳から、涙が筋を引いて頬を流れ落ちる。私は涙を舐めあげ、目のまわりに接吻する。涙はますますあふれてくる。
「下働きの娘が世話をしたら、その子にも同じようになさるのでしょう……」
「そんな小娘はいらないね。アクリナ、私は魔女が好きなのだ」
「魔女なんて」
アクリナは恐ろしそうだった。まあ、当たり前ではある。
脚を閉じようと身をよじる。
私はいったん、アクリナの内腿に乗せた自らの膝と片手をどかした。
アクリナはいっしゅんわずかに安心したらしい。大きく息を吐き脚を閉じるが、私はその隙間に指を入れそっと揺さぶり続けた。

十数年前に聞かされたイギリス人の家庭教師、ヘンリー・リード卿の言葉が不意に浮かんだ。
『ルーシのエウゲニオス獰猛公よ、召使いも農奴も貴男の気まぐれを満たすためにいるのではありません。
仕事の邪魔をしてはいけません。まして、面白半分に傷つけるなどもってのほかです』
まったくその通りだ、ヘンリー卿、と私は思う。
だがこの女は欲しい。この女だけは私の好きにさせてくれ。

私は唐突に訊く。
「イギリス人を見なかったか?」
「いいえ、あたしには外国人の区別なんてつきません」
私の体はアクリナが拭き清めてくれたままである。
私の素肌を、皮を剥かれた動物のようなアクリナの素肌が滑った。冷たく、心地よかった。
私の下腹から硬く張り出した男性の器官がアクリナの平らな腹をこすり、切っ先から透明な液体を垂らす。
私はアクリナにそれに触れさせ、握らせた。
「あ、あの……」
戸惑い、手を離す。
「もう諦めたらどうだね? ここで止めるつもりか」
私はアクリナの石榴の壁を改めて大きく開き、細かな襞を広げた。襞は魚の腮えらのように重なり、魚の内臓のように濡れてぬるぬるしている。
石榴石の襞の奥の潮の匂いを嗅ぎ、淡水魚ではなく海水魚だなと私は思う。秘密の果実の切っ先をとらえ、中の実に舌をつける。

「なんということをなさるのですか……こんな、あたしのような者の……旦那様のような方が……汚い場所を」
私は左手の人差し指と中指を使い、突起の先をきっちり剥いた。
ほとんど外気に当たったことがないのだろう、舌が触れるだけで体も震えた。
脚を時折引きつらせながら、本人は意識していないのだろうが……喘ぎながらさらに腰を浮かし、体を広げる。

私はアクリナの突き出た腰骨に接吻する。見事に急な、優雅な曲線だ。腹に、薄い藁色の陰毛に、乱暴に乳房を揉みしだきながら、脇の下に顔をうずめる。

ついにアクリナは彼女なりの答えにたどり着いたらしい。
「……貴男様は悪魔崇拝者でございますか」
私は失笑する。
「なるほど」
「女を祭壇にするとききます……」
「それには生娘を使わなければならないのではないかな。それともおまえは、裸の体に燭台や供物を載せて欲しいのか。殺したての赤ん坊、山羊の頭」
アクリナは実際に怯えていた。
魔女は迷信深い。私はアクリナの白い内腿をゆっくり撫でる。
「貴男様は本当に悪魔を崇拝しているのでございますか」
「悪魔を崇拝して何の役に立つ? くだらない」
アクリナの陰核をつまみ、撫で続ける。
思いついて訊き返した。
「……私が悪魔を崇拝していたら、おまえはどうする?
逃げるのかね? それとも私を崇めるのか? 魔女のアクリナ」
「……もうあたしを思いどおりになさっているではありませんか」
アクリナの声はなかば泣き崩れている。
「私が悪魔崇拝者なら、予言しようか。私から逃げようなどとしたら、聖アクリナより酷い目に遭わせるよ。馬用の鞭ならそこにある」
私は旅行鞄を指差す。

「見るか? フョードル・イヴァノヴィチの屋敷でそんな野蛮なことはしないがね。私は乗馬は下手ではない。一緒に馬に乗って出かけようか。人気のない猟師小屋でも借りて、素裸で鞭打たれたいかね」
アクリナが息を飲んでいる。私がアクリナの裂け目に指を入れてはこすり、抜く、沼をかきまわすような音だけが響いた。午後のリャードフ家は人気がない。

「いつかおまえが死んでも、魂が不浄だから母なる大地が受け入れないだろう。
まして悪魔崇拝者に鞭打たれ犯された魔女なんて」
アクリナが弱々しくもがくのがぴたりと止まった。私は驚くほどの効果に呆れた。

「貴男様がいらしたのは、……あたしの破滅の印なのですか。悪魔は優雅な貴公子の姿をしていると」
私は悪魔崇拝者から悪魔に格上げされている。
かつては確かに優雅な貴公子と言えなくもなかったが、残念ながら今は違う。
「何を馬鹿なことを」
私はぐったりしたアクリナに優しく接吻する。
「私が悪魔崇拝者なら、魔女呼ばわりされているおまえだけは何としても助けよう」
「どうして……? 商人様、貴男様は酷い方なのですか? それともお優しい方なのでしょうか」
「どちらでもあるよ、アクリナ」

アクリナの顔は涙で滅茶苦茶だ。私はまたアクリナの顔じゅうに接吻し、涙を舐め取る。
私とアクリナは横向きになり寝台で向かい合っている。アクリナは逃げない。
私は彼女の冷たい尻を撫で、今度は背後から裂け目に指を入れる。
「昔……魔女のような女が私を食べた。それ以来、私は魔女が好きなのだ」
「あたしは魔女なんかでは……」

「まあ、聞いてくれ。可愛いアクリーヌシュカ。十一歳の時だったか?
領地の女農奴で、薬草が使える女がいた。呪いも良く知っていた。おまえみたいだな、キリーナ」
呪いなど存じません、とアクリナが言う。
「その魔女の売女は父の『秘密の家族』というやつでね。うん、領地ではよくあることだよ。女農奴に子まで産ませて家をもたせる領主もいる。
売女はしょせん売女で、はした金をちらつかせると子供の私に平気で肌を許した……そんな良いものではないな。彼女は私を飲み込むように弄んでくれたよ。
私は後で、右手が痺れるほどその女を鞭打った。おまえにはそんなことはしない。可愛い、良い子だから」
私は右手の指でアクリナの石榴色の壁の奥をゆっくりゆすったまま、左手で上気しつつある冷たい脇腹を撫でた。震えている。
「夫は?」
「おりません……」
「何故?」
「ナポレオンの戦争で許婚が死にました」
「Il était un châtiment cruel, pauvre Aquilina」……(残酷な罰だね、可哀相なアキリーナ)

「ああ、もうお許しください……、こ、こんな姿にして、貴男様の指を、そんなところに。
……あまりにも……むごうございます。淫らで、浅ましくて……」
「おまえのこんな姿は私しか見ない。許婚殿にも見せていないのだろう? 闇の中でひっそりといったところか」
「でも、全能の神には見えますわ」
「イコンを裏返したんじゃなかったのか? 表に戻そうか。聖ニコラと生神女マリヤか」
「あ、ああ、いや! それだけはどうかお止めください!」
「ふむ、それで?」
「そうすれば、あ、あたしに何をなさっても構いません!」
偶像崇拝だな、私は呟く。

寝台脇の卓のピッチャーに、クワスが残っていることに気づき、グラスに注ぐ。アクリナに飲ませてから自分も飲んだ。
「おまえは私が何をしても構わないといったね。あおむけに横たわって力を抜いてくれ……両足を私のそれぞれの手に」
私はアクリナの足を撫でた。甲が高く、美しい。

左右の足首をそれぞれ掴み、腰まで持ち上げ、ゆっくり両脚を、右脚は右へ、左脚は左へと大きく開いていった。前よりも恥知らずな姿ではある。
「……どうしてこんなにひどいことを……?」
「君が喜ぶからだよ、アクリーヌシュカ」
言葉と裏腹に、アクリナの石榴の実の色の裂け目は濡れてぐしゃぐしゃになっていた。
内股の凹んだところまで透明な液が垂れている。
私は裂け目を開き、硬くなった男根を入れていった。

アクリナの裂け目はとてもきつく、腰を打ちつけ、うがつように進んで行かねばならなかった。
私も痛みを感じたが、恐らくアクリナの痛みは私の比ではない。
ああ、ああ、とアクリナは泣き出した。これは痛さのせいではないのだろう。
「痛いか?」
アクリナは返事をしない。
おそらく十年以上のあいだ、経血を止める布切れ以外、この空洞には何も入ったことがないのだろう。
フョークラ、と私は呼んでいた。
アクリナは声を殺して泣き続ける。だが体は濡れ、あらゆる秘密の突起は膨れ、色づいていた。
「おまえはきれいだ」
はあはあ息をつきながら、辛うじてアクリナが答えた。「……嘘です」
「嘘ではないと言っているだろう!」
思わず叫ぶと、アクリナがびくりとした。
私は彼女の髪を撫で、目元や頬に接吻しながら「きれいだ」と繰り返した。

鸚鵡が鳴く。アクリナは泣き止まない。
「神様、聖ニコラ様、またあたしの願いを聞いてくださらないのですか? どうして、お会いしたばかりの立派な紳士があたしにこんな酷いことをなさるのです? もっと捧げ物が必要なのですか?」
「今、捧げ物はおまえだろう」
「貴男様が……願いを叶えてくださるとでも……おっしゃるのですか?」
「私にどうしろと?」
「あたしは長老様とご一緒にいきたいのです……」
修道院の長老が危篤だという話を思いだした。
「私におまえを殺せというのか、ふざけるな」

私は一度体を抜いた。しめつけはきつい。私はうめいた。
「生娘も同然だな。婚約者殿は出征前におまえを存分に抱かなかったのか。せいぜい二、三度か」
「領主様の奥方様がお決めになった相手でございます」
領主様ということは、この女はかつては農奴だ。

「他には? 他の男は」
「領地では、母とあたしは魔女だと思われていました。誰かの呪術で病にでもかからない限り、誰も近づいてきません」
「おまえのまわりにいたのは覇気のない男ばかりだ」
「許婚とは、正式に結婚こそしなかったものの、夫婦になると誓いました。神のみこころに叶うあり方です」
「で、十年か十五年あとに私に弄ばれているわけだ。快楽に馴れていない女は、手間はかかるが面白い……」

私は訊く。「自ら喜びを求めてみなかったのか?」
「とんでもない、考えたこともありません」
「やり方を教えてやる。私のことを考えながらするんだ」
私は左の指先で陰核を剥き、現れた粘膜を右手の指先でそっと撫でる。
「快楽に達したことが一度もないのだな……」
私は呟く。

アクリナの中の濡れた凹凸を触った。子宮の入り口が少し腫れている。子を産まなかった女は子宮にできものができやすいと聞いたことがある。
もうアクリナはぐったりしている。
「……旦那様方は皆、このように神の掟に背くことをなさるのですか」
「さっき話したろう? 魔女の女農奴に教わったのだよ。父の愛人で……すると、父に習ったことになるのか?」
私は客間に飾られた母の肖像画を思いだす。
「もしかすると私の母は貴族の令嬢ではなく、その魔女の農奴かもしれない。どちらが母か考えるのが楽しみだった。魔女も死んだ母も髪の色が同じでね、よくわからないのだ」
「お父上の囲っている女にお手をつけなすったのですか! そのうえ、もし貴男様の母君がその女ならば、悪魔の所業でございます」

「君こそ魔女なのだろう?」
「魔女ではありません! ただ薬草に詳しいだけです。一体どなたがそんなことを」
「廊下で誰かが何度も大声で叫んでいたよ」
「ああ、ダニイル様ですわ。市長様の息子で……市長様とフョードル様が親友なので時々お見えになります。あの方のおっしゃることはみな嘘です」
「嘘だろうと本当だろうと構わない。魔法陣の中で鶏の首を食いちぎったり、山羊と交わったりしないのか。ぜひ見物させてもらいたいね。さぞや官能的な光景だろうな。
おまけにそうすれば悪魔が願いを叶えてくれるのだろう? くだらない! そんなことで願いが叶えられるならばどれほど楽だろうか」
私は指で裂け目の中をこねる。
アクリナが荒い息をつく。恍惚にいきついたことはないだろう。
私は私の指か唇か性器かによって、アクリナにその快楽を味合わせたかった。もちろん今日は無理だ。時間がかかる。……しかし間に合うのか?

快楽の液体にかすかに血が混じっていた。
「アクリナ、おまえの奥底からにじむ液に少し血が混じっている。気をつけなさい」
「どうして突然そんなことをおっしゃいますの。あたしの体など、旦那様には屑籠同然でしょうに」
私はアクリナの手を取り、私の顔に触れさせた。指を舐める。

アクリナが言う。「リザヴェタ様にもこんなことをなさるつもりですか」
リャードフ家の令嬢の名だ。
「リザヴェタさんね……、おまえも言い訳が立つな。お嬢様の代わりに身を投げ出したと。寝込んでいたからまだご挨拶もしていないよ。お嬢さんとは、結婚でもしない限り何もしないから安心なさい」

『アクリナさん!』
玄関から、玄関番だかの蛮族の若者の声がする。
多民族国家の我がロシヤ帝国の中でも、シベリヤには、特にさまざまな民族がいる。タタール人から、シベリヤの北限でトナカイを飼う民まで。
『市場から野菜が届いておりますよ!』

「黙って」
私はアクリナの口をふさいだ。
玄関から階段を上がり、台所に若者が野菜を運んでいる。
『アクリナさん、置いておきますね』
「ここには来ない」
「は、はい……」
アクリナが大きく息を吐いた。泣き腫らした赤い目元や、髪の毛が汗で白い背にへばりつくさまは、霧のドイツ、ロマン派の連中の大好きな水妖ローレライのようだった。

また彼女を寝台の中でひっくり返しあちこちからさんざん眺め触れた後、もういちど硬くなった私の体で彼女の穴をうがった。
アクリナは唇を噛み、痛みを我慢しているようだった。
目には新たに涙が滲んでいる。もっと泣けば良いのにと私は思う。次はもっと泣かそう。
果てる直前に抜いた。

フョークラ、とまた私は呟いていた。いや、フョークラよりアクリナだ……。アクリーヌ、アクリーヌシュカ。
私は病み上がりで疲れていた。溜め込んだ快楽を出した後には目眩がした。

—-

「お飲み物か、食べ物をお持ちします」
手早く服を身につけたアクリナは、頭巾を巻いているところだった。
体のあちこちが痛むはずだが表に出さない。
「軽いものを頼む。アクリナ」
「はい、商人様」
「おまえが祈っているのは本当にリザヴェタお嬢さんのことなのか?
それだけなのかい」
「……願いごとは申し上げられません」
「痛くしてすまなかった」
「え? ……いえ、そんな」
私はヘンリー卿探しに頭を切り替えた。

しばらくして、顔を洗ってさっぱりした表情のアクリナが戻って来た。ワゴンにクワスとジャム、黒パンを載せていた。
「おまえはきれいだ」と私はくり返した。
アクリナは否定しなかった。
軽食の盆に一ルーブル置いておいたが、一眠りして起きると、寝台脇の卓に返されていた。
生神女のイコンが元どおりこちらを向いていた。


アイキャッチ画像
“Winter landscape”
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]