第16話 婚姻の機密★(けっこうくどいです)

領主になって領地に戻った『私』こと『領主様』エヴゲーニイ・パヴロヴィチと令嬢リザヴェタの結婚式が開かれます。後半は初夜のような何かです。
★くどい性描写があります。

10月18日,1827年

私とリザヴェタ・リャードワの結婚式が行われたのは、一八二七年十月十八日だった。
十月十四日の生神女庇護祭(しょうしんじょひごさい)の日、すなわち野外での農作業がすっかり終わり、屋内作業をはじめる日から数日の後だ。
これから冬を迎えるまで、若い男女が出会う集いも開かれる。
結婚と出会いの季節だった。

式は私の領地であるスモレンスク県で行われる。ロシヤの西端である。あまりに遠いため、リザヴェタの父と新夫人は出席しない。
だが、たとえ婚約者同士であろうと、結婚していない男女がともに住むのは我が国では信じられないような不道徳な事態だと考えられていた。
結婚式を挙げない限り、リザヴェタを領主館に住まわせることはできない。
だからリザヴェタは隣村の領主で、私の代父【* 正教会での宗教上の親代わり】の一家、バシュキロフ家に預かってもらっていた。

十月十八日、結婚の朝、私は、ヒローシャの走らせる馬車に乗り、付添人とともにバシュキロフ家に向かった。
付添人は、バシュキロフ家の息子、レオニードだった。私は友人がいないのだ。
「また、君の付添人か」
レオニードは言った。
「君に何年かぶりに呼ばれると、そんな用事ばかりだ! 三度目は無しにしてほしいね」
「レオニード君、いや、君が結婚するときは僕が付き添いをするから」
「他の友人に頼むさ」
「何故そんなに毛嫌いされているのかよくわからないのだが」
「うちに来ては、料理女のつくるブリンに生きた蛙やフナを巻いてただろう! 怒るわけにもいかず、料理女は泣くし、僕も妹も何度おやつを台無しにされたか」
「ああ! 人のうちでもやっていたのか!」
「自分のうちでもやってたのかね」
「まあね」
「それが突然ギリシャ悲劇だホーマーだと言い出して、なんだか君には腹が立ったね」
「レオニード! 僕には友人は君しかいないのだよ」
「僕を友人なんて思っていないだろうが……覚えていないのか?」
「何を?」
「僕が親しい友人の、しかももっと親しくなる予定の、某家の令嬢を連れてきた時……君は彼女に歯の浮くようなお世辞や嬉しがらせを並べ立て、ギリシャの衣装をお見せしましょうと言って君のうちに連れて帰り……あの人は二度と僕のところに戻ってこなかったのだが……」
「……ああ……××嬢か……彼女なら裏庭に埋めてある」
「本当に君には腹がたつよ」

ヒローシャが馭者台で馬の手綱をひいている。
レオニードは、もうすぐ親父様の後を継いで農場を任されていくのだろう。退屈だが善良な男だった。
「エヴゲーニイ、しかし、リザヴェタさんは、他のご婦人たちとはずいぶん感じが違うね」
「そりゃ、別人だからね」
「いやいや、好みが変わったのか? 前の奥方のオルガさんは黒髪のはかなげな人だったではないか。リザヴェタさんは、……年齢もあるのだろうが、すでにやり手の主婦みたいだ」
「そこが良いんだ。……
君の好きな、あのつまらないカードにつきあってやるから、許してくれたまえ。ええと、君の子供ができたら名付け親になるよ」
「ひどい名前をつけられそうだ! オイディプスとかカサンドラとかだろう!」

ヒローシャはバシュキロフ家の前に到着した。車の扉を開ける。レオニードが先に降り、私は後に続いた。
「二度目ともなると堂々としたものだね」
バシュキロフ家の前にはすでに馬車が何台も停まっている。私は黒のフロックで、レオニードの後に続いた。
私たちは二階に向かう。
二階の長椅子にはすでにずらりと近隣の地主だの市長だのが待っていた。レオニードが付添人として挨拶した。
「こんにちは、慈悲深いお客様方!」
リザヴェタがいた。私の代母のバシュキロワ夫人と一緒だ。
伝統的な花嫁衣装だった。ココシュニック、絹のサラファン、刺繍の飾り帯、私の送った琥珀の首飾り、こういう姿を見たのは初めてだった。

「お嬢さんを私に売ってくださいますね」私は儀礼的に、代父のバシュキロフ氏に言う。
「いくらで買うかね」バシュキロフ氏が訊き返した。
妻を買い、値段を交渉していた時代の名残だ。いささか滑稽だと思っていたけれど、教会での婚配機密こんぱいきみつ【*正教での結婚の儀礼】も含めて、忍耐力だとか共同体への忠誠心だのを計られていると思うことにした。
退屈さや俗悪さの田舎芝居に耐えねばならぬ。
「……ではお嬢さんは買いました。私のものです。うちへ連れて行きます!」
長椅子の客が手を叩いた。

リザヴェタの手を引きながら階段を降りて、バシュキロフ家の外に出た。
馬車が次々に出発する。
「疲れますね」
リザヴェタが私を不思議そうに見る。「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、まさか貴男とほんとうに結婚するなんて、夢にも思いませんでしたわ」
「嫌になったら、ヒローシャがシベリヤまで送ってくれますよ」
「ご命令とあらばお連れします!」とヒローシャが言う。
「ヒローシャ、それより君の奥方を探そう。同族の娘がいいかね? それとも他の?」
「と、とんでもない。まだ……早うございます」
「君も十九か二十歳だろう。全然早くないね。誰が良い? リザヴェタを持っていくか?」
「大切な領主様……あの……」
「もう……何をおっしゃっているのです。ヒローシャが困っているではありませんか」

私はリザヴェタに言う。
「村の者も、ことによると召使いも、色々くだらないことを言うと思います。しかし堂々としていらっしゃい。私を信じて」
「貴男を信じる……ああ、もう、そうするしかないのですね……」
「ずいぶんなお言葉ですね。諦めてください。もちろん、私も気を配りますが……」
「例えばどのようにですの?」
「新床の期間を一晩ではなく三日三晩にしました。四日目はお疲れだと思いますからゆっくりお休みください……五日目からあれこれ覚えていただきます」
「……な、何ですのそれ。は、初めて聞きました……」

「申しあげたでしょう、くだらないことを詮索する輩がいるって。貴女が名実ともに私の妻だと見せつけます」
「くだらないことを詮索って、……あの人のことですか」
 おそらくアクリナのことを言っているのだろう。
「それだけではなく……前の妻や、私の母と比べます。貴女がシベリヤから来たと言うので侮る者もいます。
もう、貴女が流刑囚の娘だという噂があります。ヒローシャ」
「はい、大切な領主様」
「リザヴェタが信用できる召使いは今のところ君だけだ。これから、君の耳にも悪い噂が入ることもあるだろう。
正義感の強い君は、言い返したり、ことによっては殴りつけたりしたくなるだろう。
だが、そこはこらえて私に報告して欲しい」
「は、はい……」ヒローシャも緊張しているらしい。

次は教会だ。昔から馴染みの教会だった。私はこの教会で洗礼を受け、父を送り、前の妻を娶った。
秋晴れに塔のココシュニックが光っていた。

農村司祭に従って、聖堂に入った。聖堂の赤い壁は金箔を使ったイコンでいっぱいだ。乳香の匂いが漂っている。
私の親族、県知事や市長が席に望んでいる。婚配機密の儀が行われるのだ。これを終えてようやく結婚したことになる。
つまり、今日行われる結婚の儀式は、異教時代の民間の習俗と、正教会による儀式のごった煮である。

まず聖堂で指輪の交換……指輪をつけたり外したり、三度行われる。一度で良いではないか、と私は思うのだが……。
聖歌の合唱の中、聖堂の中央に進む。
司祭が訊く。
「エヴゲーニイ・Я、ここに(なんじ)の前にみる、このリザヴェタ・リャードワを己の妻とする、まことにして自由なる望みと堅き決心とをもっておりますか。ほかの女に約束はありませんか」
私は平然と、『はい』と答える。

私たちは婚礼の冠をかぶせられ、聖なる卓の周りを三度、回る。
いちいち意味があるのだが、私はただつぎつぎにやらされる儀式をこなすばかりだ。リザヴェタは生真面目に私の後についてくる。
多声音楽の荘厳な聖歌が響く。アクリナなら、どれほど感激するであろうか。
彼女の許婚殿は許婚のまま亡くなった。けっきょく、アクリナを婚配機密に与らせてやることができなかったな、と私は思う。

まったく長い一日である!
今度は私の領主館へ向かった。
中庭には旅の楽師や熊使い芸人が来て、農奴たちも集まっている。酒と簡単な食事が振舞われていた。
私は家令をねぎらい、農奴たちに声を掛ける。
「おまえたちには迷惑をかけた。今日は楽しんでくれ、妻のリザヴェタだ。よろしく頼む」
「初めまして。リザヴェタ・フョードロヴナです。よろしく」
農奴たちは一瞬静まった。花嫁が自分たちに挨拶するなど思いもよらなかったらしい。ウラー【*万歳といった意味】、という声があがった。
ロマの楽団がマズルカを演奏しだした。

私は付添人のレオニードに先導され、我が領主館の中に戻った。
わずかにかび臭い。
「こんなに広いんですの……?」リザヴェタが驚いて私の腕を掴んだ。
古いが確かに広かった。
二階建てで両翼があり、居間はリャードフ家が丸ごと入りそうなほどだった。
窓からはすっかり葉の落ちた白樺の林が見える。露台には鳩小屋がある。

今度はただの婚礼の宴だ。
大叔父と大叔母、近所の村の小さな地主たちも集まり、農村司祭や市長も来る。私の代父、バシュキロフ氏が乾杯した。
私はリザヴェタの手を引いて一同の前に出た。いっせいに、リザヴェタを値踏みしている! これだけ美しいのにまだとやかく言うのか。
……歳がずいぶんいっている、エヴゲーニイも二度目だから妥協したのさ、色黒だ、タタールの血が入っているのだろう、などの、囁きが聞こえる。

家長が座る上座に熊の毛皮が敷かれている。熊は結婚と豊穣を意味する。
私はリザヴェタと並んで毛皮に座った。
私とリザヴェタは皆の前で軽い口づけを交わしてみせねばならなかった。
席の決め方は、男女がそれぞれの列に分かれる昔ながらのものだ。

結婚の晩餐会といっても、しょせん近所の地主の集まりである。
もっとも重要な話題は今年の小麦の出来のことだ。これ以上に重要な話題はない。
それが、キノコやコケモモがたくさん採れる場所の話、自由主義の悪弊、怠惰な農奴を痛めつけた話に変わっていく。
退屈極まりないうえに俗悪になっていくのだ。
誰それの娘がこっそり旅の男に懸想文を出したとか(これは許されない悪事と見做された)、××家の息子が自由主義にかぶれたとか……、近所の噂話が続く。

面倒だ。アクリナは自分の小屋にいるだろうか。白樺の森の中、ここから二露里ほど離れたところにアクリナのための丸太小屋を建てた。
小屋と言っても二階建てである。土台には石と煉瓦を積んであった。
ちゃんと大きな鳥籠があるし、薬草を入れる作り付けの棚もあるのだ。ペチカだって立派なものだった。

リザヴェタは、私の隣でП(ペー)家の大叔母様とФエフ家の伯母様の話を聞かされていた。
優しいけれど頭の弱いФ(エフ)の伯母様がさかんにリザヴェタに訊いている。
「ねえ、貴女のご実家のそばでは、たくさん毛皮が獲れるのでしょう……黒貂が町の中を歩いているんでしょう。あっという間に外套ができますわね」
「黒貂は町の中にはいませんけれど、毛皮はたくさん獲れますわ」

狷介なПの大伯母様は思い出話ばかりなさっていた。ナディジェダ(私の母だ)がどんなにきれいで、パーヴェル(私の父)がどんなに美男だったか。
耄碌しかけたПの大叔母様は無礼なことを平気で言うのだった。
「ナディジェダに比べれば、花嫁さん、あんたは足元にも及ばないよ」
それでも我が花嫁は愛想良かった。
優しくて頭の弱いФの伯母様がまた訊く。「毛皮の種類は何があるの? 銀狐はいる? 手袋も作れるかしら」

狷介なПの大叔母様はぶつぶつと思い出話を続ける。まるで時が流れ、親しい人が亡くなり、自分が歳を取ったのはすべてリザヴェタのせいであるかのように怒りとともに語った。
……ナディジェダの輝くばかりの美しさは、あっという間に悲しみで曇った。Пの大叔母様は、あれほど美しい女が幸せになれなかったのは神の摂理に反しているという、持ち前の理論を披露した。
ナディジェダが不幸になったのはパーヴェルのせいだと言う。
パーヴェルが、どんなに罪な男だったか……農場経営には辣腕らつわんを発揮したが、あとは殺生(猟や釣りを好んだのだ)ばかりしていたこと、いつも農村司祭を笑いものにしていたこと……。

「あの男には農奴の囲い女がいたんだよ」とПの大叔母様が憎々しげに言った。
「魔女だったんだ。薬草を自由に操ったんだよ。美人じゃない、痩せた黒い服の女だよ。青白いくせに、唇だけが石榴みたいに赤くてね。惚れ薬を飲ませて、パーヴェルを自分のところに来させたのさ」

「大叔母様、馬鹿げた話はやめてください」
私は話を止めようとする。
花嫁なのに、リザヴェタの表情は暗く沈みはじめていた。
大叔母様が言った。
「エヴゲーニャ、あんたはパーヴェルにそっくりだね!」

片言のフランス語が交わされ、従妹や叔母がリザヴェタの品定めをしている。
「ノン、ノン、信じられないわ。シベリヤ出身だそうよ……」
「ウイ、オルガのほうがきれいだった」
「オルガがきれいだったのに、エヴゲーニャはあんな目に遭わせたから、罪滅ぼしに流刑囚の娘を……」
「ウイ、ウイ、年の半分は外国に行ってたわね。オルガを放って!」
「きれいといえばきれいだけど、オルガにはかなわないわね」
「ウイ、あれは衣装の力よ。チョコレートを食べる?」
「メルシ、ナディジェダがお嫁に来た時はほんとうにハッとしたものだわ。辺りが輝くようだった」
リザヴェタにも聞こえているだろうが、きれいに無視している。
私の唯一の友人のレオニード・バシュキロフは、地主仲間に新しい犂の威力を話していた。だから私は彼が好きなのだ。

私はとりあえず釘を刺しておこうと思う。
「皆さん、今日はありがとうございます。妻方の親族がこられなかったことを、妻に変わってお詫び申し上げます。
リザヴェタの父上はお忙しくて来られません。露土戦争で、ミハイル・クトゥーゾフ将軍の麾下におられ、将軍に可愛がられ一番乗りのリャードフと呼ばれた方」
ヨーロッパに近い我が県は祖国戦争の際、大損害を受けた。
祖国戦争の総指揮官・隻眼のクトゥーゾフ将軍に恩を感じているものは多いし、たいそう人望もあった。
私はリャードフ監獄長官の話を続けた。
「今は監獄と要塞を預かっている質実剛健な方で、私は求婚の際、散々脅されました。リザヴェタを不幸にしたら捻り潰すそうです!」
笑い声が起きる。

やがて、家令が私に囁いた。
「お若い方たちが、外の楽団を中に入れて舞踏をしたいと申しております。マズルカを踊りたいと」
「すまないが断ってくれ」
「さようでございますか」
居間の食卓では、あらかた片付いた晩餐が並んでいる。
デザートが出たところで私は言った。
「今日はお開きにします。妻のリザヴェタは、少々疲れ気味で、もう休ませてやりたいのです」
「いいえ、わたくしは別に……」と囁くのを制し、言う。
「これから花嫁との新床、私たちは三日三晩、床に籠もります」
リザヴェタの顔が上気した。
まあ! はしたなさを非難する声や呆れ声だの、さすがのあいつも後継を作るつもりになったのさ、だのが聞こえた。
「遊び足りない若い方は、外に芸人も来ておりますから、どうぞ外で楽しんでください!」
秋のロシヤの日は短く、もう日はとっくに暮れている。
外で焚き始めたらしい、大きな篝火が燃えていた。

忙しく立ち働く召使いたちに私は言う。
「おまえたちも外でダンスをしてきたまえ。後片づけは三日三晩先で良い。
その間、中に入るな。部屋は別に用意してある……家令のテレージンの指示に従って」
小間使いたちは、きゃあきゃあ叫んで喜んだ。

私とリザヴェタは愛想よく客を送り出した。家令に、よほどおおごとが起きない限り呼ぶなと伝えた。
私はレオニードやバシュキロフ夫妻に礼を言う。
人の良いバシュキロワ夫人は、しばらく一緒に暮らしたリザヴェタを涙ながらに抱きしめ、幸せになってね、と繰り返し言うのだった。

私は中庭でヒローシャを探した。
小柄なヒローシャは突っ立って、蝋燭やランプの明かりが漏れる階上を見上げていた。本人は気づいているのかどうか知らないが、涙を浮かべている。
「ヒローシャ、ああやっと見つけた」
「はい、大切な領主様」
「頼みがある。アクリナの様子を見ていてくれないか?
それに、夜は申し訳ないが、彼女のところに泊まり込んでくれ。見張りの者が詰めるところがある」
「あの……領主様、アクリナさんは料理女ではないのですか? アクリナさんの作るカーシャを気に入られたのでしょう? 何故、森の中に住んでいるのです」
「聞いてないのか? シベリヤから一緒に旅してきたのに」
シベリヤからこちらに向かうあいだ、私とリザヴェタ、アクリナとヒローシャが主に行動を共にしていた。河川航路の船が一等と二等に別れるようなときは、私とリザヴェタは一等で、アクリナとヒローシャは二等だった。
「……はい。特に何も聞いておりませんが」

「アクリナは薬草に詳しいから、煎じ薬などを作らせ、農奴の役に立ってもらう。それに私の情婦だ」
「情婦というのはアクリナさんが? 貴男様の情婦なのですか? ……リザヴェタ様は」
「リザヴェタは妻で、アクリナは私の囲い者だよ」
「大切な領主様、貴男は正教徒ではないのですか? 神聖な一夫一婦の結婚の機密を破られるのですか!」
「うん」
「リザヴェタ様がお気の毒です……アクリナさんはそんな方とは思えないのに……確かにとてもきれいな人ですが」
意外なところに賛同者がいた。

「いや、リザヴェタも知っている。それにアクリナは悪くない。私が無理に情人にした」
ヒローシャはきょとんとしている。
「無理に……、でございますか。それはあまりにも非道ではございませんか……」
「ああ。だが、貞操を捧げたからには、……これも聖ニコラの思し召しということでついてきてくれた。
アクリナが敬虔で善良な女なのは、君もよく知っているだろう」

「う、……あ、大切な領主様、一言だけ申し上げます。それは、リザヴェタ様もアクリナさんもお気の毒です」
「ヒローシャ、今の私には二人の婦人を幸福にする程度の力があるのだ。二人ともに情愛を与え、ささやかな贅沢をさせて養う。二人なのは……まあ、君も男ならわかるだろう」
「わかりません。私は清浄な身ですから」
「あ、ああ。そうか」
ヒローシャは私を激しく非難したそうだった。だが、忠実な彼は、雇い主で『大切な領主様』の私に何か諫め言をいうなど到底できない。
「ヒローシャ、私は酷い放蕩者だったのだよ。何人もの……」
私は〇をひとつ減らした。
「婦人にかまけていたが、段々憂鬱になってきてね。
シャンパン、娼館、機知に富んだ、でもこちらの顔色を見て話を合わせ続ける女(しかし商売なのだから仕方がない)、馬鹿騒ぎ、自分が堕落させた令嬢、堕落したがる令嬢、孤独な未亡人、朝になると消えている財布……。
そんな遊びごとより、もう、興味深い婦人二人を守ることにしたのだ。あの人たちが枯れるまで見守る。
とにかく、リザヴェタにとってもアクリナにとっても、召使いで信用できるのは君だけなのだ。頼む」
「は、……はい」
判然としない面持ちで、ヒローシャは馬を出しに行く。ランタンをつけて森の小屋に向かっていった。

農奴たちは、まだ、遊び踊っている。木製の組み立て式『ぶらんこ』まで登場していた。山羊の仮面をかぶった熊芸人が、花嫁の姿をさせた熊に、卑猥な姿態をとらせ、見物がどっと笑う。

―――

リザヴェタが玄関の脇で私を待っている。
焚き火の炎に照らされた白い絹のルバーハ、金糸の刺繍で飾られた赤いサラファン、たくさんの飾り帯、ココシュニック、スラヴの花嫁姿がなんと美しかったか。
私は、彼女の絹のサラファンの腰を抱き、家の中、領主館へと入った。リザヴェタは体を固くしている。私は家の鍵をかける。あちこちの鎧戸を下ろす。

「リーザ、他の男女もやってきたことだ。それほど固くならなくて良いのです」
「は……はい」
「祝宴の不躾な連中には申し訳ないことをしましたね」
「あんな悪口なぞ平気ですわ。これから信用と実力を積んで見返してやれば良いのです」
「さすが私のリザヴェートシュカですね!」
「リーザはともかく、リザヴェートシュカはおやめください。貴男をエヴゲニューシュカとお呼びしますよ」
「それも良いですね」
リザヴェタの腰を抱いて二階の一番奥にある、主寝室に行く。
中は、オルガと私、あるいはパーヴェルとナディジェダが使っていたときとあまり変わらない。頑丈な広い寝台があり、ペチカが燃えている。窓は小さい。まわりじゅうに模様を織りこんだ、赤い掛け絨毯が巡らせてある。
妻の化粧台と、くつろぐための長椅子がある。

「いつぞやの続きがやっとできます」
「もう……今日は覚悟して参ったつもりですが……」
「貴女は私に……体を馴らすのに時間がかかりそうです。だから、三日にしたのです。
焦らなくて結構です。今晩はただ抱きあって眠るだけでも良いでしょう。ココシュニックだけ取りましょう」
私はリザヴェタの頭を飾る、半円形のココシュニックの紐を解いた。
金糸の縫取りや真珠を止めたココシュニックである。新しいリャードワ夫人が刺繍をしてくれたそうだ。ついでに編んだ髪を解いた。

「ここまで来るのに、一年以上かかりましたね」
「はい……初めて貴男がいらしたときは、驚きました。世の中にこんな優雅な殿方がいるのかと……」
「素直ですね。どうしたのです?」
「こんな遠くまでくるとは、思いも寄りませんでした。
スモレンスク県は暖かいですね。貴男様が地中海に行ったらきっとこんな気分でしょう」

リザヴェタが言った。
「貴男はわたくしに恋をしていないとおっしゃった。
でも、わたくしを大切になさってください。そうすれば、わたくしも貴男と領主館、農場のために尽くします」
「まず、取引ですか? リザヴェタ、だんだん私に似てきますね」
「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」
「ゲーニャで結構です」
「お呼びできればそういたしますわ。あの、わたくしは本気で申し上げているのです」
「大切にするに決まっているでしょう、私の妻の、可愛いリーザ」

「可愛くなどありません。生意気なのでしょう」
「少なくとも、これから三日は可愛らしい貴女が見られると期待しているのですが……隣に座ってもよろしいか」
「覚悟して参ったと申しあげたでしょう」
「いや、別に取って食おうというわけではないのです。私に従ってくだされば大丈夫です」
私は長椅子のリザヴェタの左隣に腰かけた。鼓動が聞こえるようだ。
「ちゃんと結婚まで待ちましたよ」
「ほんと、驚きましたわ!」
「出発前に拝見した貴女の乳房は二つとも胸に刻んであります。新大陸では、あの思い出にどれほど慰められたか……というか、慰めたというか……」
「もう、お姿はそれほど優雅な紳士なのに、どうして……」

「接吻します」
私はリザヴェタに深い口づけをした。口の中の、柔らかな舌や天井をそっとつつく。サラファンの釦を外して行く。
私は、サラファンの釦を外すのが得意になっていた。釦はメッキされた金である。
「あ、あの……」
「諦めてください。結婚するまでは駄目というのはもう通用しません」
「は、はい……でも、正直に言います。こういった状況での……貴男が怖いのです」
「どうして?」
「どうしてそんなに楽々と慣れた仕事みたいに……わたくしのサラファンをお脱がせになるのです」
「慣れているからですよ、可愛いリーザ」
私はサラファンを別の椅子にかける。

白いルバーハは絹だ。中にコルセットをしている。リザヴェタが震えだした。
「怖い……」
「じゃあ、少し止めましょう。続きはまたしばらく後で」
ほっとしたようにリザヴェタが言った。「わたくしは男に生まれたかったのです……近衛連隊に入りたかった」
「近衛大将軍リザヴェタですか」
「貴男はルーシのエヴゲニオス獰猛公だそうですね」
「どうしてその渾名を? ヘンリー卿がつけてくれたのですが」
「レオニードさんがおっしゃってましたわ。そう署名した手紙が来て、降誕祭の余興で奴隷役をやらされたって」

「近衛大将軍リザヴェタ、何故男に生まれたかったのです」
「父の期待を裏切ったような気がしていたのでしょう。たぶん、父は自分の跡を継ぐ、優れた軍人になる息子が欲しかったでしょうから。
それに、エウゲニオス獰猛公に屈服して、体を弄ばれたりしないですみますし」
「ギリシャでは、男どうしで愛しあっていたのですよ。獰猛公が、近衛の美しい青年兵に目をつけないはずはありません」
「ああ、貴男の教養はそんなことにばかり使われるのですね!」

「少し腰を浮かべてください」
「はい?」
私は絹のルバーハの釦を外した。リザヴェタの前に立ち、たっぷりしたルバーハをまくりあげる。

「続きは後とおっしゃったではありませんか……」
「今はさきほどにくらべれば『後』です。
婦人には婦人の武器があります。相手の感情に敏感に気づき、動かすという。
それをお使いください。召使いや農奴たちを、私が鞭打つより貴女の微笑みや冷たい一瞥で動くようにするのです。
……ちょっと両腕をあげていただけますか?」
リザヴェタは腕をあげた。私は膝丈のルバーハを脱がせた。
貧しいご婦人たちとは異なり、リザヴェタはルバーハの下にさらに下着を着ている。
コルセットと黒い絹のペチコートだ。
「シャンパンを飲みませんか?」
私は、シャンパンを開け、グラスに注ぎ、リザヴェタに渡す。
「何故こんな姿にさせておくのです」
「寒くないですか? ペチカは燃えていますね。
いえ、あの美しい服が汚れるのではないかとハラハラしていたのです」
私はカフタン型のローブをリザヴェタの裸の、肉感的な肩にかけた。

シャンパンで乾杯する。私は彼女が油断しているのを感じる。
リザヴェタはシャンパングラスを片手に、私に笑いかける。
「サンクト=ペテルブルクではいろんな方に求婚されましたのよ。貴男がいらしたのが夢みたいに思えて、ふらふら受けてしまいそうでした」

「誰に?」
どうも私は急に不機嫌な様子になったらしい。リザヴェタがからかうように言う。
リザヴェタは三人の名前を挙げた。
「ああ、その人たちは駄目ですよ! Вヴェー子爵はバレエの踊り子に次々入れあげます。Бべー近衛士官に何人愛人がいるかご存じですか。Нエン伯爵は、賭博好きで借金まみれです」
「全部、以前の貴男様と変わらないではありませんか」
「貴女が彼らとの結婚を受けていても別に構いません。私は、決闘して……何か仕込みます。あらかじめ毒を盛っておくとか……そして殺して奪いますから」
リザヴェタが黙ってしまう。

確かにあまり洒落にならない。
「一緒に遺体を埋めましたね」
「はい」
「あれで私と貴女は……たぶんもう、貴女はあの秘密を抱えて、善良で無邪気な夫に嫁ぐのは、……」
「そうですね」
「あの時の続きを見せてください」
私は隣に座るリザヴェタのコルセットに手をかける。
「もう!」

私はコルセットの紐を解いていく。
「ああ、これも慣れていらっしゃるのですね! なんて方」
「いえ、貧しい時分にイタリヤのコルセット屋で働いていたのですよ。南国のコルセットの貴婦人に好評な店で……」
「え、本当でございますの?」
「そんなわけないじゃありませんか! 私がやっていたのは在外同胞の馬鹿息子の家庭教師ですよ」
「ああ、貴男という方は!」
私はコルセットを外す。「立ってください」
「もう少し待って……」
「立ちなさい、リザヴェタ」
「……は、はい」
リザヴェタを、壁の真ん中を通る、磨かれた樫の柱に寄せる。
下は薄い木綿のシュミーズだ。「私は貴女の完全な裸体が見たいのです」

「卑怯ですわ!」
「卑怯って?」
「ご自分はまだ全く服を、……そのままではありませんか。クラバットすら結んだままで……」
「帽子はとりましたよ。リザヴェタ、つまり、貴女は私の裸体が見たいとおっしゃる」
「そんなこと申し上げておりませんわ」
「ではよろしいでしょう? 私は貴女の一糸まとわぬ姿が見たいのですから」
「他の男の方も貴男みたいなのですか」
「知りません」
「どうして、……ご自分は服を乱さず、わたくしの体だけ……」
「そうですね、理由は簡単ですよ」
私はリザヴェタの足元にひざまずき、小さな赤い靴を脱がせる。
ペチコートの紐を解くと、ドロワーズを履いている。薄い木綿のシュミーズが胸の上で上下している。乳頭も乳暈も透けていた!
私はリザベェタの両腕を上げさせ、壁に留めるように押しつけた。接吻する。呼吸は深く、量の多い濃い髪を広げ、うつむいている。

私は、持ち上げた状態で押さえつけた腕に沿って、彼女のシュミーズを上げていく。リザヴェタは怯んでいる。
背を伸ばしているせいで、縦に長くなった乳房が弾むように現れる。
「懐かしいな。琥珀の色ですね」
私はリザヴェタの乳に触れた。

「ああ……あの、お答えを聞いていませんわ……」
「何のですか?」
私は再びしゃがみ、ドロワーズを下ろしていく。やっといつぞやの続きが見られる! 豊かな腰だった。
「膠を塗ったように艶やかで濃い繁みだ」
「説明なさらないでください!
ああ、……わたくしが裸体で貴男が服を着ておられる理由です」
リザヴェタの声は弱々しかった。
「簡単です。そのほうが貴女の羞恥心が激しくなるでしょう。貴女が羞恥を感じているほうが私は楽しいのですよ。
私の体なんてそのうち飽きるほどご覧になるでしょうし、別に今見なくても」
「ああ! なんて理由なのです。貴男は、わたくしを大切にするとおっしゃったじゃないですか。これでは、……まるで、弄ばれているみたいで……」
リザヴェタは荒い息をつく。
「……そうですね。貴女を大切にしますが、寝台では弄ぶかも……大切にですが」

「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、ちょっと、何をなさるの」
「調べているのです」
私はいつぞや、売春宿での検品の様子を思い出していた。
「こんな姿はとらせないで。ああ、下から覗かないでくださいませ……そんなところに触らないで……」
私はリザヴェタの足元にひざまずき、片脚を手でつかんであげさせ、婦人の秘密の裂け目を覗き込んでいた。

リザヴェタの裂け目は、琥珀に似た色から、粘膜の薔薇色へと変わっていく。果実は大ぶりで、私がまわりを押さえると皮がつるりと向けた。
「な……なにをなさっているの……。やめて」
リザヴェタは震えている。まあ当然だろうか。
「貴女の果実は大ぶりですね……」
私は舌先で、剥けた果実に触れる。リザヴェタはこんな行為をされるとは予想もしていなかったらしい。
「あの、……」
口もまともにきけないようだ。
「穴は少し上についていますね。貴女の艶やかな繁みがまったく素晴らしい……」
私はリザヴェタの足元に座りこんだまま、脚の間を調べ続ける。陰唇を広げ中を覗く。私はさらに上を向き、彼女の脚の間に顔をつけ、皮を広げた果実に、舌を這わせる。

「……新床でこんな、こんなふうにするなんて聞いていません! ……ああ」
私の息が、この女の敏感な部分すべてにかかり、私の髪が、内腿を柔らかくてこすっていた。
「新床でどうするかって……誰かに訊いたのですか?」
「医学書と……『花嫁の心得』という冊子……で……ござい……ます」
「医学書は貴女らしい。『花嫁の心得』にはなんと?」
「『花婿は』……ああっ、……『花嫁を寝台まで抱いていくから、あとは』……あの、息が……貴男の息がかかるのですけど……で、『ゆったりとした気持ちで』……『まず接吻なさいます』……『照明を消して』……ちょっ、ちょっと、おやめください。そんな、なんで指なんて。……そんなこと、大丈夫なのですか……? 引っ張らないで、ああ……、あの、広げないで、ください…… 『お互いに洗礼の際の幼子のような姿になったら』……」
「……それはだいぶ違いますね」
もちろんランタンはつけっぱなしだ。二つも三つもつけ、リザヴェタを照らしている。
私はリザヴェタの弾力のある尻に触れた……揉んだ。
揉みながら立ち上がりつつ、腰骨の尖った箇所、脇腹とだんだん掴み上げながら、油を塗ったような下腹部、臍、柔らかな腹、それに硬い処女の乳房に口づけしていく。

「……ご覧になりたいのならご覧になってくださいませ……ええ!」
リザヴェタは震えている、全身がかっと熱くなっていた。けれど泣かない。泣かせたいな、と思った。ああ、アクリナ……。
琥珀色の乳首がピンと尖っている。強い目で私を見つめ、わなわなと羞恥だか怒りだかに悶えるが、しゃがもうとも、手で隠そうともしない。
「まったく美しい。素裸で上気して、羞恥に震えながらも体を隠そうとしませんね」
「だって、貴男はわたくしのこのような姿をご覧になりたいのでしょう。つ、……妻としては……仕方ないではありませんか……」

「なんて健気なんだ」
私はリザヴェタのすぐ手前に立った。私はリザヴェタを抱きしめ、口づけした。
「あの……わたくしはとんでもない方と夫婦になってしまったのですか……?」
「寝室での私に関して言えば……それほどでもないのではないでしょうか。
私と似た性癖の者が細君だか恋人だかを、今の貴女のような姿にして、他の男に覗かせたり、いつどこで野外から見えるかわからない、例えば二階の窓などに、晒させるなどと言う話も聞きますし……。
好事家たちの秘密の夜会で、目元にマスクだけさせてその姿で縛っておいたり……。パリなどにはクラブがあるそうです……しなやかな鞭で打ったり……」

「え……」
さすがのリザヴェタもへたり込んでしまう。
「あの……あの、エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……」
私も隣にしゃがみこむ。
「そういう人たちもいるという話です。私は貴女の体を他の男に見せたくなぞありませんね。貴女のはしたない姿を見るのは……私だけです」
「アクリナにもこのように……?」
おそらく私の口調は急に険しくなった。
「リザヴェタ・フョードロヴナ、そういうことは訊いてはなりません。私も話しません。逆もしかりです」
「ごめんなさい」実に素直だ。

私はしゃがみこんだ姿勢から、リザヴェタの裸身を抱え上げた。
「琥珀色の……乳房の先端が揺れて、……尖ってまったく……美しい」
「もう許してください……三日あるのでしょう、先ほど貴男は、……今日は、ただ抱きあっているだけでも良いと……」
抱きあげたリザヴェタの体は熱い。顔も熱でもあるかのように赤い。
私は、寝台にどさりと彼女を下ろした。

私はリザヴェタの髪に触れ、同時に、よく発達した丘と、それを覆う繁みを撫で続ける。琥珀色の乳首もだ。
「よく濡れていますね」
私の言葉をリザヴェタが訊き返す。
「濡れているって言うのは……」
「貴女の体が、私を受け入れたがっていると言うことです。……私も受け入れていただきたいのですが」
受け入れてもらいたいのは確かだが、私は、自分に妙に余裕があると思う。
情欲とはこのようなものだっただろうか。以前はもっと切羽詰まっていたのだが。
だが、このほうが良いのではないだろうか。情欲に突き動かされる愚かさなど、もうまっぴらだ。

「あの……医学書で読みました……貴男様の体の部分をわたくしに差し入れると……」
「はい、最初は少し痛いでしょう……。なるべく優しくしますけれどね。
……で、リーザ、貴女の月のものはいつです?」
「ああ……もう、そんなことまで訊いてどうするのです!」
「いや、医学書に書いてありませんでしたか?
婦人には、孕みやすい時期があるのですよ。月のものと関連した周期です」
「存じませんでした……だいたい、二十八日に一度、参ります。前回は……四日か五日でしたわ」
「では、今はちょうど孕みやすい時期ですね」

リザヴェタが唐突に私の手の甲を掴んだ。急に恐怖に襲われたようだった。
「まさか、貴男様は。……わたくしを三日間、褥に閉じこめて、……子を孕ませ……面倒なことはそれで終わりにしたいということなのですか? 義務は果たしたと……」
「……え? リザヴェタ、それはあまりに……邪推というものですよ」
「……オルガはわたくしよりずっと美しかったのでしょう。お母様、ナディジェダも」
過敏になっている。
シベリヤからひと月もかけてここまで来て、意地悪な視線に晒され、そして、まったく初めての体験をしようとしているのだ。
無理もない。頼りにできるのが……よりによってこの私ひとりであるし……。

「……気の毒なオルガについては、もう思い出の中で『美しかった』と繰り返すだけが、せめてもの皆の哀悼なのです。
……ナディジェダは、私の母なのだから美女に決まっている」
「……もう」
広い寝台の上で、リザヴェタは裸身で、羽布団に半ば埋もれ、濃い髪を広げていた。
大きく硬い乳房は寝そべっていても流れない。
痩せたアクリナより曲線が大きく、あたかもチェロのようだ。くびれた腹から、豊かな腰にいっきにつながる。
この楽器は扱いが難しい。うまく演奏しなければただ朽ちていくか、無残な音しか出さない。
私は寝台に腰掛け、リザヴェタの髪を撫でた。フロックだけを脱ぎ、隣に横たわる。

強く抱きしめる。「貴女はもう、私の妻なのです。……わがままも言ってください。欲しいものも、なさりたいこともおっしゃってください。疲れたら疲れたと。
私は気丈な貴女を尊敬申し上げています。ですが、貴女はまだご自分の限界をご存じない。体力も、世間知も、貴女と私は同じではない。そこは頼っていただきたい」
リザヴェタはただうつむき、時々見せた、目を半ば伏せ、唇を噛んだ、強情そうな、思い詰めたような表情をしていた。

私は乳房から、そっと腹を通り、艶やかな繁みを揉んだ。繁みをかきわけようとすると、リザヴェタの淡々とした声が響いた。
「わたくしの、こんな姿をあらわに曝させ……もう……満足して、お飽きになったのではありませんの?
中まで分解してしまった玩具みたいに……」
「ああ、もう! 厄介な方だ」
「貴男様こそ!」
「まあ、認めますよ」

私はクラバットをほどく。
ウエストコートを脱ぎ、ズボンの釦を外し、シャツを脱いだ。
ズボンを脱ぐのはやめておいた。どうも怯えさせそうな気がした。
リザヴェタの裸身に、私の、麻の白いシャツを着せかける。
「え……」

「今夜はこれを着ていらっしゃい。裾まで釦を留めれば、ルバーハより長い」
「貴男様の……匂いがします」
「ええ、私の匂いから慣れてください。今夜は抱きしめる以上のことは本当にいたしませんから」
私は長椅子に戻り、シャンパンを飲む。瓶を持って、寝台に戻った。
「シャンパンを飲みますか? リザヴェタ・フョードロヴナ、私の妻」
「はい、エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……わたくしの夫」


アイキャッチ画像
“Spring2”
Painted by
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]