第38話 聖霊降臨祭のルサールカ-1 ●

領主様とアクリナが知り合って五年目。あいかわらず『バカップル』です。
領民たちには、ルサールカ(女の水の精)の人形を祭るしきたりがありました。
領主様とアクリナは、二人で森の中に見物に行きます。帰りに、夜の森のなかで『ルサールカごっこ』をしようとします。
●最後までの性描写があります。
*とても残酷な場面がラストにあります。ラスト以外は特に残酷描写はありません。
そのため、ふたつに分けました。ラストは読まなくても本筋にはさして関係ないです。

6月,1831年

聖霊降臨祭は、移動祝日である。
復活祭の日によって移動する。今年も六月上半だ。夏至も近い。

私は昨年、右脚の太腿を猟銃で撃たれた。
少し右脚を引きずるようになった。さして不自由はない。
が、左脚に負担がかかるのか、時々、左側の膝が痛む。
こうやって少しずつ、体が壊れていくのか。
単なる怪我ではあるのだが、鏡を見ると数年前よりかなり老けている。
老けるのが早すぎるのではないか? まだ三十代前半なのに。
農奴たちは噂する。魔女に魂を吸われているのだと言う。だから魔女は若いままなのだ。

父が亡くなったのは四十八歳のときだった。
病気ではあったのだろう。ただ倒れて意識を失い、数日後に息を引き取った。そのときも魔女のせいだと噂が流れた。
父と私の外見はよく似ている。体質も似ているのならば、あと十四年だ。
私に残されているのはたった十四年なのか?
いや、祖父のアレクセイは七〇歳まで生きた。決めつけてはいけない。

聖霊降臨祭に重なってルサールカの週(ルサーリナヤ・ニエジェーリヤ)がある。
ルサールカは川や湖、池に住む水の精だ。
聖霊降臨祭のころに水から上がって森にくるという。高い木の上に登り、夜になると「レリ、レリ」と鳴き合うのだそうだ。
緑の髪をした美しい女で、まったくの裸か、破れた白い服を着ている。洗礼を受けずに死んだ子供や、不幸に死んだ女の魂がルサールカになるという。

ルサールカの祭りや儀礼もある。儀礼の模様は地方によってかなり違うようだ。
私の領地ではルサールカの形の藁人形をつくって、娘たちが飾り立てた。
白いルバーハを着せ、摘んできた花々を挿す。そのまま、森の中にしばらく置いておく。毎日、昼間に娘たちが来て、何か願い事をしたり、入念に飾りつけをしたりする。

—-

その日、太陽が沈むころ、私はアクリナにルサールカ人形を見せようと連れ出した。
彼女が生まれ育った北部ロシヤでは、ルサールカはさして重要視されていなかったらしい。
二人で歩いて森に向かう。
夏至が近いため、日は恐ろしく長かった。

森の砂利道で、農奴の老婆、ザレスカヤ夫人に追いついた。
フョークラを毛嫌いしている老婆だ。
アクリナはフョークラに似ているから、会わせたくなかった。
「隠れろ」
私はアクリナに言って、森の中の木の裏に押し込む。
私はザレスカヤ夫人に挨拶した。
「ああ、ザレスカヤ。珍しいところで会うな」
「領主様。おひさしゅうございます」
「洗礼も受けたし、良い嫁も来たと言っていたね。暮らしはどうだね」

ザレスカヤ夫人は『きんきん声』で叫んだ。
「良い嫁なんかではありませんでしたよ!
せっかく領主様がニキータにくだすったのに、お屋敷の小間使いだったことを鼻に掛けて、人を馬鹿にして。
だいじな旦那様のニキータまで馬鹿にする始末でございますよ。小ずるい、嫌な女です!」
……ザレスキイ夫人を満足させる嫁などこの世にいるのだろうか。
「ああ、ああ、おまえも苦労するなあ……少し急ぐから先に行くよ。ニキータによろしくな」
ザレスキイ夫人はもっと話したそうだったが、私はそう言って、歩き出した。森の中をアクリナがついてくる。

脚を引きずっていても私のほうが、アクリナより早く歩ける。
ザレスカヤ夫人は後ろに取り残されようやく見えなくなり、アクリナが森から出てきた。
時折、遅れがちな彼女を待ち、手を引いた。
アクリナの家の前から南の湖に向かう砂利道から、気づかぬほどの細い小道へと入る。
小道の入り際には石に刻んだとても下手なヴォジャノイ【* 男の水の精。魚の王】の像が置かれている。
何故か我が国の民は皆、妙な像を建てるのが好きだった。ほとんどの者は彫刻家に頼んだり出来ないから、手作りで廃物を利用し、下手くそで奇妙な像を造る。

「……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」
アクリナが言う。
「ルサールカは水の中に棲んでいるのに、森に来るんですの?」
「うん。今頃の季節に来るという伝説だ。
スモレンスクにはこんな話がある。どこかの農夫が、夜、深い森の中でルサールカの群に会ったそうだ」
「え……ほんとうですの?」
アクリナが真面目に訊き返したので、私は苦笑した。
「伝説なんだよ。嘘か、誰かが作ったか、何かのきっかけになる話を大きく膨らませたんだ。ただのお話だよ。ルサールカはほんとうはいない」
「でも絶対いないとは言えないではありませんか……」
アクリナは否定されたり笑われたりするのを怖れるような、弱々しい口調で言った。
妙に合理的なところもあるのだが、アクリナは民話や神話や民間伝承のなかでそのまま生きている。
だが、私はアクリナの信じる伝説や信仰を、何度も何度も、身も蓋もなく破壊してしまった。

私は、アクリナが本気で信じているのならば、否定しないことにしていた。それでも思わず言い負かせてしまうこともあるのだが……。
アクリナと知り合って五年になる。最近では、彼女が現代の婦人ではないように思い始めていた。
伝説は伝説として割り切って聞くぶんには、私も嫌いではない。

私は半ば本気で言った。
「おまえがルサールカになってずっと領地にいてくれれば良いのだが。私はヴォジャノイになるから」
「ヴォジャノイって、巨大蛙みたいな魚の王様ではありませんか」
「巨大蛙になった私は嫌かね」
アクリナは真面目に悩んでいる。
「ずっとご一緒にいられて、お話が出来るならば、何でも構いません……」
「うん。そうだね。ヴォジャノイは魚の王だから、水の中のおまえにヨーロッパカワヤツメでも鱒でも入れてあげるよ」
「う……ん……」
悩みながら私を見上げる。やってみたら気持ちがよさそうだと思っているのではなかろうか。
「ああ、別にヴォジャノイになる前に入れてみようか?」
「い、いやです!」

陽はまだ暮れていなかったけれど、森のなかは薄暗い。
松や白樺に囲まれた小道は、よく踏み分けられている。
「先ほど話そうとしたスモレンスクのルサールカの伝説だがね。
ある農夫が森の中に行って、ルサールカの集団に襲われたのだよ」
「え、ルサールカって、緑の髪のきれいな娘ではないのですか」
「うん、きれいな娘でもあるし、恐がりでもあるのだけれど、いろんな面があってね……人を溺れさせたり、くすぐり殺したり、怖いところもある。
農夫はルサールカの群に襲われかけた。
川にでも引きずり込まれそうになったのかな。
それで胸に掛けた十字架のうえに、さらに十字を描いた。
ルサールカはほとんど去って行った。だが、一人だけ残って、うるさく害を与えようとし続けた。
で、彼はそのルサールカの腕を掴み、自分が吊していた十字架を急いで彼女の首に掛けたんだ。
すると突然おとなしく従うようになって、農夫は家に連れて帰った」
【※ 文末参照】

懐中時計を見ると、夜九時だ。
まだ明るい。人気は無い。私は堂々とアクリナと手を繋いだ。
アクリナは嬉しそうに言った。
「貴男様とあたしみたいですわ」
「そうかね……?
それから、農夫の家に来たルサールカは一年ぶんの婦人の仕事を喜んで全部やってしまった。
でも翌週になるとルサールカは森に逃げ出して消えてしまったそうだよ」
「貴男様がその農夫ならば、あたしは絶対に逃げないのに……」
「アクリーヌシュカ、おまえに十字架をかけておけば、従順になるのかね」
「今でも、とても従順ではありませんか」
「まあそうだが。ああ、そうなんだけどね……」
従順なのに扱いづらい。あまりに傷が多く、すべて私が受け止めなければならないので、難しい……。
時々予想もつかないことをする。

「従順だが、心配させられることが多いのだよ」
「貴男様が心配性なのですわ」
「この前、毒キノコを採って来て喜んで食べようとしていたではないか。ああ、もう、おまえは危なっかしくて……」
「……ちょっと間違えただけです……」
「ちょっと間違えて死なれては堪らない。いいか、そんなことで死んだら私も死ぬからな」
「馬鹿げたことをおっしゃらないでください。領主様が……皆が困るではありませんか」
私は細い小川に遮られた道を飛び越える。アクリナの手を握り、飛び越えさせる。よろけかけたところを抱き留めた。
「ほら、たかがこんな小川で、転びそうになっている」
「……す、すみません」
恥ずかしそうだ。

そのまま羽交い締めにする。触り心地がいつもと違う。下着が硬い。ルバーハ以外の下着に慣れぬアクリナが、今さら硬い下着をつけるだろうか?
私は立ったままアクリナに接吻した。
アクリナの口の中も石榴色で、私は濡れて冷たい粘膜に舌で触れる。
「……うん、」
かすかなうめき声を立てて、アクリナが私にしがみついてくる。
可愛い……。
どうして良いのかわからない。
私はさらにアクリナの唇に唇を押しつけ、ふっくらした感触を味わう。

夢中になっていたら、小道の向かいから人影が近づいて来ていた。
農奴の娘三人連れが驚いている。小声で囁き交わしている。
「……りょ、領主様?」
「どうしよう……あの方、奥様とは違う女ひと……」
私はすでに、アクリナのことを領地で隠す気がなくなっていた。
どうでも良い。
リザヴェタも、まあ嬉しくはないだろうが、アクリナのことは認めていたし、……私はリザヴェタに甘えすぎているのだろう。
農奴の娘たちが戸惑って動けなくなっているので、一応それでも体を離す。
娘たちが近づいてくるに従って態度を切り替えた。
「睫毛が取れた。おまえの睫毛は目に入りやすいな」
「……はい、ありがとうございます、領主様」

「領主様」
農奴の娘たちは地面に伏せてお辞儀をする。十代前半だろう。
「立ちなさい。おまえたちはルサールカの飾りつけに行ったのだろう?」
「は、はい」
震えている。
「ルサールカの人形を焼くのはいつかね」
「あの、木曜日でございます」
「それは楽しみだろうね。皆、もう遅いから気をつけて帰りなさい」
「は、はい。お休みなさいませ」
アクリナが娘たちに頭を下げて挨拶する。
私はアクリナに言う。「そんなことはしなくて良い」

娘たちはしばらく離れると、きゃあきゃあ騒いでいる。
「魔女なのですって……」という声が聞こえる。
「魔女ではないのに……」
アクリナが少し寂しそうに言う。
落ち込んだり悲しそうにしているのを見ると、私はもう反射的に、彼女の気分を切り替えさせようとしはじめた。
……躾けられているのは私ではなかろうか。

この前来た手紙に、アクリナのことが書いてあった話をする。
「そういえば、去年の暮れに、リザヴェタ奥様に求婚しに来た青年がいただろう」
「あ、ああ、覚えております。あの黒い髪で、礼儀正しくて……なんだか夢を見ているような方ですね」
……アクリナは意外に無頓着に辛辣でもある。
「リャザンのコシュターシャ・ダルハノフだ。
彼から手紙が来てね。すっかり嫌われたと思っていたから驚いた。
おまえのキノコのマリネが美味かったのだそうだよ。
ご両親も、三人の妹君も夢中で食べたとのことだ。
材料代は送るから、もっと送ってくれないかというのだ。手紙を持ってくれば良かった」
「ええ! 嬉しゅうございますわ」
こういうときには単純に喜ぶ。
「喜ぶおまえを見るのは嬉しい……」
「ありがとうございます」
「……だから毒キノコは間違っても入れるな。わからないキノコは古くからいる農奴の長老に訊いてやるから」
「あたしはいつも貴男様に怒られている気がします……」
「あ、いや、怒っていない。おまえに怒るわけないだろう」
「そんなの嘘ですわ……」

不意に森が開けた。
まだ明るい、乳白色の日が丸く差しこみ、地面を照らしていた。
地面の下生えは主に羊歯で、コケモモの塊もあった。
光の輪の中央にルサールカの藁人形が立てられていた。
『かかし』といったほうがふさわしいだろうか。
藁人形はふつうの少女くらいの大きさで、目鼻のない顔と、胴体があり、両手両足が突き出ている。
胴体で柱に縛りつけられていた。
真新しくきれいなルバーハを着せられている。頭巾や帽子のたぐいは被っていない。
全身も柱も、花輪やリボンで飾られている。

「きれい……」
アクリナがぼうっと見ている。「この人形はずっと飾っておくのですか」
「いや、ルサールカ週間が終わったら焼くのだ」
「せっかくきれいなのに……」
「でも、花は萎れてしまう」
「また新しい花をつければ良いのに」
「焼くのにも意味があるようだ。
農奴たちの祭りだから私は口は出さないし、うっとうしがられるだろうから顔も出さないことにしている。だからあまり知らないのだ。
やはり作物が豊かに育って欲しいという願いから行っているらしい。
焼く場所は、次に秋蒔きの種を植える畑で、焼いた灰は水に流す。おそらく雨乞いの意味もあるのではないかな」
「雨乞いだから水の精を畑に……」
「そうだろうね。もっとも、古い習慣というのはいろんな意味が入っているのだろうから、一概には言えないだろうよ」
私たちは小道を戻り、ヴォジャノイの像から砂利道に出て、アクリナの家まで歩く。もう九時すぎで、ようやく暗くなりかけている。

農奴の女が一人で通り過ぎた。花をかかえている。この女は娘ではなく、主婦だろう。
「領主様、気づかず失礼いたしました」
深くお辞儀をする。
「ああ、いや。もう暗い。気をつけろよ」
私はアクリナに言う。
「妙に人に会うね」
「ええ、この道を歩いていても、たいてい誰にも会わないのですが……さっきの方は結婚しているようでした。
娘さんたち以外の方もルサールカの人形に花を供えますの?」
「さあ、そこまでは知らないな。
……ああ、陽気も良いし、外でおまえを抱こうと思ったのに」
「あ、あの、本気でいらっしゃいますか」
「やって欲しいのかね」
「……え……あ。いえ、そんなふしだらな」
さっと赤くなり、私を見る目が潤んでくる。口では拒否するだろうが、実はやって欲しいということなのだ。
「ではおまえはルサールカだ。裸で樫の木に登って『レリ、レリ』と鳴いてごらん」
「そ、そんなの無理ですわ」

—-

私はアクリナの手を引き、森に踏み込んでいく。
「ええ? 本気ですの?」
「嬉しそうだぞ」
踏み分け道を明るい月が照らしている。大きな樫の木のそばに、書き物机ほどの平らな石がある。
他にも、人の背丈くらいの高さの滑らかな灰色の石が並んでいた。
私は密かに、これは古代の、異教の祭祀のあとではないかと思っていた。
イギリスのストーンサークルのようなものだ。
もっとも石は倒れているし、かつては円形に並んでいたとしても、その名残はない。倒れた石の群はL字型になっていた。
石は七、八個だろうか。あるものは他の石に乗り、重なった部分は湿り、苔が生えていた。

ルサールカの人形が置かれた場所からは半露里も離れている。もしまだ、女たちが花を捧げに来てもここならば関係ない。
私はL字型の奥の石に腰かけ、フロックを脱いだ。
「おいで」
「はい……」
「もう、膝の上に乗っても平気だから」
「は、はい」
ためらっている。「アクリーヌ、おまえは従順になったルサールカなのだろう」
「はい……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」

「ああ、待て」
近づいてくるところを、半サージェンほど手前で止めた。
「そこで髪をほどきなさい。ルサールカは髪を編まない」
「え、……あ、はい。領主様」
アクリナはまだ緊張している。初めて私に抱かれて五年も経ち、何十回……百回を越えているか?
体のほぼすべてを開き、見せ、触れさせたのに。

こういうときのアクリナは実に不器用だ。手早く料理をし、この前私に作ってくれたルバーハの刺繍も、細かく丁寧だった。むしろ器用ではないかと思うのだが。
だが、今はがくがく震えている。藁色の髪を三つ編みにし、さらに結い上げた髪型なのに、先に三つ編みをほどきかけ、柔らかい髪を滅茶苦茶にしている。
私は言った。
「さっきのルサールカ人形はルバーハを着ていたな。ルバーハは着ていて良い」
いっしゅん、アクリナはほっとした表情をして、すぐに自分が着ているのは黒い皇帝様式のドレスで、ルバーハなど欠片もないことに気づく。
「靴も履いていなさい」
まあ、言い換えれば靴以外は全部脱げと言うことだ。
「……そ、そんな……。誰かに見つかったら……」

「ルサールカの人形はずっと南にある。来るのは狐か兎だ。仔兎がいたら捕まえてあげるから……」
テレージンが聞いたら、三十過ぎの男女の会話がこれかと呆れることだろう!
(私自身も少し呆れている)

アクリナはシフォンの黒いドレスに、細かな刺繍をした飾り帯をしている。
ドレスの裾には清楚な百合の絵が大きく描かれていた。
開いたデコルテに羽織っていたショールを石の上に置く。
私は腕を組みながら、アクリナが服を脱ぐところを見物する。私が彼女の服を脱がせるのがほとんどで、野外でこんな場面を見るのは初めてだ。
恐らく今の私は、にやけて、だらしのない顔をしているだろう。
アクリナは飾り帯を解き、背中に並んだドレスの釦を外していく。ドレスを下ろした。情けないがこの瞬間はいつもわくわくする……。

意外なことに、ドレスの下にはコルセットをしていた。
「コルセット? 珍しいものをつけているね」
そういえばさっき抱き心地がいつもと違った。
「ドロシダに訊いたら、そのほうが……、あの、あ……乳房が垂れないというので……」
「そんなことを心配しているのかね。私が気にするとでも?」
「え……いえ……でも、」
アクリナはコルセットをして、下半身にペチコートを履いている。コルセットで乳房の半分くらいが覆われ、大きく持ち上げられている。まあ確かに、これも悪くない……。
アクリナのコルセットは、前がわの上のほうを軽くリボンで留め、主に背中で締める。アクリナは背中の紐を外そうとして、背に手を回していた。

が、いっこうにコルセットを脱がない。
慣れていないうえに緊張しているために紐がほどけないらしい。戸惑い、焦り始めた。
「……あ、あの領主様……、紐が絡まってしまって……」
「ああ、もう……こちらに来なさい」
アクリナがしょんぼりしながら私の前に来る。私は腕組みをほどき、アクリナに後ろを向かせた。
「何をやっているのかね」
「すみません……」
私は両腿の上に、アクリナをうつぶせにして腹の部分を乗せる。二本の紐が見事に絡まり、結び目がいくつも出来ている。
「これは、紐を切らないと駄目だ」
「ええ!」
「私の指では太すぎて、この細い紐はほどけない。紐を切って、新しい紐を通せば良いのではないかな」

「ああ……なんてもったいないことを……」
アクリナはしょんぼりしている。それにここでルサールカの真似が出来なくなってしまった。……。
コルセットを着けたルサールカなんて聞いたことがない。
「キリーナ、気にするな。紐を替えれば良いだけだ」
「はい……」
アクリナを腹に乗せたまま、ペチコートの脇の釦を外し、ひきずり下ろした。暑いせいか、またドロワーズは穿いていない。月は明るく、白い尻がぼんやり浮かぶ。
「え……あっ」
アクリナがのんびりした驚き声を出した。今頃ペチコートを脱がされたことに気づいたらしい。

コルセットの前上部のリボンを外し、乳房をふたつともこぼさせる。
「コルセットと編み上げ靴だけか……」
私はアクリナをひっくり返し、仰向けに抱いた。
「あ、あの……。こんな格好はいやです。すっかり裸のほうがましです……」
消え入りそうな声で言う。
「……似合うよ」
私はその姿のまま抱き寄せ、バラバラの髪をした頭を、私の胸にくっつけさせた。
「似合うのですか……」
「うん、アクリーヌシュカ、おまえは、とにかく何でもいいから恥ずかしい姿が似合うね……」
「ひ、ひどい……」

私はアクリナを抱いて、赤ん坊のようにそっと揺する。そうしながらコルセットからはみ出させた乳首をいじった。
つい私は声を殺し、笑い出してしまう。
「似合うよ……、おまえは……わざとやっているのか? 私を誘おうと」
「こ、こんな姿でお誘いするなんて……」
私はアクリナの首筋と頤の弱いところに唇をつける。「……い、ああ」
大声で叫びそうになったから、止めた。
「ほんとうにここが弱いな……」

森の遠くでざわざわ声がする。皆、女の声だ。
「ルサールカの人形を飾りに来ているのでしょうか……」
「それなら大丈夫だ。皆あの場所に行く」
アクリナは私の腿に乗ったままだ。
「ちょっと重くなってきた。フロックの上に座ってくれ」
「いえ、駄目です。貴男様の大切な服に」
アクリナは立ち上がり、ペチコートを取って岩の上に敷いた。

立ち上がると、乳房も下腹部も露わなのに、コルセットだけがっしり嵌めているのがよく見える。それに革の編み上げ靴という姿だ。
痩せているのに、コルセットで胴を締めていて、余計細く、胸が強調されている。
中途半端で、馬鹿みたいで、痛々しく、可憐で、異様で、奇妙で……欲情を煽りたてる。
「あ、アクリーヌシュカ」
アクリナはペチコートを敷き、岩の私の隣に座った。私は岩の上に押し倒し、のしかかる。
「その姿はとても良い……」
「や、からかうのはやめてくださいまし……」
「本当だ」

私は私の欲望のための器官をアクリナに触れさせる。
「え……、あの。エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……わ、わかりません。だってこんなみっともない姿なのに……」
「それがいいのだよ。まるで先ほどのルサールカ人形のようにきれいだ」
「ええ……ひどいですわ!」
「あの人形は焼く前にバラバラにする」
私はアクリナの乳首を舐め、いっぽうでコルセットの絹を撫でた。
「可愛い……」
アクリナは呆然として、私にあちこち触られている。
「私のルサールカ人形……、捕まえて従順にしたのに……」
私はズボンの釦をはずし、シャツの釦も外す。
腹と男根をアクリナのコルセットから、薄い繁みまでこすりつける。
アクリナの体になめくじが這ったような跡がつく。

私は泣きそうになってきた。抱いても抱いても抱き足りない。あと何百回できるのだろう?
アクリナが戸惑っている。
「……あ、あの……従順にしたのに、それから何ですの……?」
「だって人間は死ぬではないか。ずっといっしょでなければ嫌だ。せめて百年や二百年くらい……」
「な、何を……おっしゃっているのです。子供みたいに……」
「私は『青二才』らしいから仕方がない」
「青二才って何なんです。……これから男盛りの方なのに」

私はアクリナの裂け目に手を伸ばす。
「ああ、アクリナ……この繁みが。私は大好きなのだが、でも一回剃ってみたい……」
「い、いやです」
石の側にうずくまってアクリナの裂け目を舐める。
「アクリーヌ、従順ではないではないか!」
「……あ、ああ、わかりました……剃ってください……領主様」
「ゲーニャと呼べと何度言ったらわかるのかね」
「無理です……」
「全然、従順ではないね」
「ゲ、ゲーニャ様……あたしは従順です……」
私は濡れているアクリナの上に再びのしかかり、股の間の、あの膨らんだ丘から、急に崖になった奥の部分を捏ねていく。
「ふん、水の精みたいに溢れているよ」
私はゆっくりと挿入していく。
アクリナの姿もおかしいが、シャツをまくり、ズボンを下ろし、背と尻をむき出しにして、アクリナに性器を打ち込む私の姿もさぞ滑稽だろう……。

遠くでルサールカ人形を囲む女たちの嬌声がする。
ずいぶん遅くまでやっているなとちらりと思うが、アクリナに接吻し、体をまさぐり、腰を動かすのが忙しかった。
「うん……」苦しそうな声を漏らす。「痛いのか?」
「いいえ。気持ちよいのか、苦しいのか、もう……ああ、わかりません……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……」
肘を硬く折り曲げ、私の肩をしっかり掴んでいる。シャツの上から肩に、細い指が食い込む。
私は耳元で囁いた。
「アクリーヌ、好きだ、愛している……」
言ってから、急に自分の陳腐な愛の言葉が虚しくなった。
「ああ! そんなことを言っても仕方がない」
「え、……あの、でも……嬉しいです」
「駄目だ、あと最低一〇,〇〇〇回やらないと死なないと誓え」
「え、えええ……あ、あの領主様。無理です……。駄々っ子みたいです」

「従順ではないね」
私は動きを早める。気持ちが良い。気持ちが良いだけに終わってしまうのが嫌で仕方がない。
「領主様、それは従順とかそういうことでは……」
「アクリーヌシュカ」
私はまた乳房を口に含む。何度も何度も口に含んでは舐める。
「誓いなさい」
「え……」
私はアクリナの首筋と頤の間をそっと舐める。
「あ、あ、い、いや、いやあ! あのおやめください。……誓います! 誓いますから許してくださいませ。
ゲ、ゲーニャ様とあと最低一〇,〇〇〇回……あの、するまで、死にません……」
「うん……私も死なない。一〇,〇〇〇回……」
アクリナの洞窟のなかに精液を放ちそうになって、慌ててアクリナから私のものを抜いた。

「駄目だ……」
私の白濁した精液が出てくるところを、アクリナがじっと見ている。
私は手巾でどろりとした精液を拭き取る。
「え、……何が駄目ですの?」
「毎日やると、二十七年ちょっとで一〇,〇〇〇回に達してしまう」
私はアクリナに口づけする。
「一〇〇,〇〇〇回にしよう」
「あ、あのそれより……、エヴゲーニイ・パーヴロヴィチ……、家で、コルセットの紐を切って……もっとゆっくり、あ、あたしを……か、可愛がってください……」
「淫らなアクリーヌ、足りないのだね。足りないだろうね」
私とアクリナはそれぞれ服を身につける。アクリナの息は荒い。あと連続十回くらい恍惚に達したいのだ。

「……まだルサールカ祭りの人たちの声がしますわ。
それとも人間は帰って、……いつの間にか本物のルサールカになったのかもしれません」
「……うん、そうかもしれないね」
私はアクリナの住む宇宙……森や水には精霊がいて、見守ってくれる聖ニコラや生神女マリヤに囲まれた場所は決して否定しないことにしたのだ。その場所には、私もいなければ嫌だ。
「ルサールカは木に座って、魚の骨で出来た櫛で髪を梳かすのだそうだよ」

遠くから女の悲鳴が聞こえた。
「なんですの……?」
「さきほどのルサールカ人形のところか?」
私はとっさに考える。
アクリナを連れて行くより、半露里を歩いて戻り、猟銃持参で騎馬で行たほうが良さそうだ。
「いったん帰ろう。猟銃を持って馬で行ってみる。おまえは出ては駄目だ」
「は、はい。お気をつけてくださいませ」

※ロシア語Wikipediaのルサールカの項目をGoogle翻訳で訳して(かなり怪しい訳でした)適当にアレンジしました。
※『第38話 聖霊降臨祭のルサールカ-2*』が次の話です。とても残酷なので、死体写真OKレベルの方以外は飛ばしてください。読まなくても大筋には関係ありません。


アイキャッチ画像
“View in neighborhood of Oranienbaum”
Painted by
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]