第38話 聖霊降臨祭のルサールカ-2*(とても残酷)

前の『第38話 聖霊降臨祭のルサールカ-1』の続きです。
残酷な場面なので残酷シーンだけこちらに分けました。読まなくても本筋にはほとんど関係ありません。飛ばしてください。

6月,1831年

(前話の続き)

馬はヴォジャノイの像に繋いだ。
私は猟銃を持っている。女たちの気配がする。ほんとうにルサールカがいるかもしれない、というアクリナの言葉が蘇る。
レリ、レリという鳴き声は聞こえない。
アクリナが落ちそうになった小川を飛び越える。
月はほぼ満月で、とても明るい。
女たちの潜めた低い声しか聞こえない。『本物のルサールカ』という言葉がかすかに聞こえる。
魚の匂いがする。魚の匂いとは奇妙だ。
ルサールカは魚と蟹を食べるという。
ほんとうにルサールカなのか?
まさか、……人形は、恐らくはじめは人間であっただろう。
雨乞いのために生きた人間を捧げたこともあっただろう。

洗礼前に死んだ子供や、不幸な死に方をした女がルサールカになるという。
これは実は、むしろ逆ではないか? どこかのふつうの女がルサールカということにされ、不幸な死に方を与えられるのだ。

私はルサールカの人形が置かれた場所にたどり着いた。人形はそのままだ。
白いルバーハを着て花をたくさんつけている。月の光が注いでいる。ルバーハには血が飛び散っていた。

農奴の女が数十人いる。
最初に目についたのはザレスカヤ夫人だ。何かぶつぶつ愚痴を言っている。「ほんとうに腹が立つよ……」
「あたしのことも馬鹿にしてたよ! まあ、字も読めないの、だって」
他の女がザレスカヤ夫人に言った。別の女も言う。
「隣の反乱のとき、いっしょに逃げようとしてた……。逃げないあんたたちは馬鹿だって」
ザレスカヤ夫人が言った。
「小間使い風情がそんなに偉いのかね!」
美しいルサールカ人形のまえで、女たちの憎悪が渦巻いているように見えた。

農奴の女たちは皆包丁を持っている。
ルサールカのかかし人形をバラバラにするように、一人の女をバラバラにしている。
幸いなのは彼女がすでに死んでいることだ。
女の死骸は、小柄であった。栗色の髪がまだ残っている。

『……イヴァンカは、小柄で栗色の髪。目が悪いのか、たまに目をすがめています』
不意に何年か前の、リザヴェタの声が蘇った。
彼女は、リザヴェタがどれだけ悪口を言っても誇り高く無視しているのが気に入らなかった。だから、妊娠しているリザヴェタを転ばせようとした。
そういう元・小間使いの小娘がいた。
私は彼女に罰を与えた。ニキータ・ザレスキイに嫁入りさせ、家内奴隷から農奴にした。
そのイヴァンカではないか。
これは豊穣や豊かな雨を祈る儀式などではない。豊穣のための儀式の姿を取った、憎悪をぶつける催しだ……。
憎悪の対象をどれだけ辱めることができるか? その極限を考えた末に行われている。本当はもっと見下し、とことん侮辱したいのだろう。

羊歯の上には天秤棒の両端に吊した水桶がいくつも置かれている。
いつも娘たちが水汲みに使う桶だ。桶には様々な魚が詰まっていた。
女たちは土や羊歯の上で、魚の腹を切る。
誰かがイヴァンカの乳房を切り取り、魚の腹に詰めた。
……イヴァンカなど人間として扱わないということなのだろうか。
魚にでもなってしまえば良い。
魚以外にも、水桶には私の好きなヨーロッパカワヤツメや、蟹もいる。蟹の脚はまだ動いている。
女たちはどんどんイヴァンカの肉を削ぎ落とし、切り取り、魚や蟹に詰めている。
これらを湖に投げ込むのか。
魚はイイスス・ハリストスの象徴ではないのか……?
いや、そんなことはどうでもいいのだろうし、知りもしない可能性が高い。
私は領主として空砲を撃って女たちを止めることを考えた。
……が、止めた。

アクリナの家に戻る途中、馬から降り、吐いた。
アクリナにはこう伝えた。
『ルサールカたちは夜になるとふざけまわり、ダンスをする。人形を飾り立てる女たちも興奮しすぎたようだ』

そうしてアクリナのコルセットの紐を切った。


アイキャッチ画像
“View in neighborhood of Oranienbaum”
Painted by
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]