第43.5話 妻との秘密●

前回『第43話 妻の秘密』の直後のお話です。
主寝室で仲良く夫婦の語らいをする領主様とリザヴェタ奥様。交際範囲が広く、真面目で研究熱心なリザヴェタ奥様はお友達から聞いた『愛の技巧』を領主様あいてに試してみます。
●ほぼ最後までの性交描写があります。

10月28日,1834年

私たちはそのまま主寝室の寝台に横たわっていた。
蒸し風呂は準備させるのが大変なので、また今度だ。
寝室は南北に長く、広く、天井が高い。
そろそろ塗り直したほうが良い漆喰の壁に、小さな出窓がいくつか並ぶ。夜の今は、赤地に模様を織り込んだ、分厚いカーテンを閉めている。
もちろん扉の鍵もしっかり掛けた。
私たちはすっかり外とは遮断されている。
ペチカの焚き口では真っ黒になった薪の隙間に燠火おきびが見えた。

私は裸体のままだが、何も掛けなくてもじゅうぶん温かい。
大きな羽根枕に半身を載せたリザヴェタは、裸体に兎の毛皮のローブを引っ掛けている。寝台の両側からランタンの温かい光が、リザヴェタの濃い褐色の髪や蜂蜜色の肌を照らし、引き立てていた。
リザヴェタは暖色や金色が似合う。
ローブの前は開いたままだ。多分、誘っている。

私はリザヴェタに言う。
「詩が書けて誠実な男なら、前に貴女に求婚しに来た男はどうです。リャザン県の、コンスタンティン・ダルハノフ……」
「ああ、そんな方がいらっしゃいましたわね」
「仮にも貴女に求婚に来たのに、ひどいな。ヴァイオリンも弾けるそうですし……」
「わたくしはどうせ音楽もよくわかりませんわ! バレエもオペラも寝てしまいます!」
ここまで芸術に興味がない貴婦人は少ない。
実はかなりいるのかもしれないが、堂々と公言するのは珍しい。いちおう、自分に捧げられた詩は喜ぶようだが。
「いや、彼は時々手紙をくれるではありませんか。まだ独り身のようですよ」
「手紙というより、キノコのマリネの注文書でしょう」
「大量に買ってくれますね。さすがに、あのあと貴族年鑑だかなんだかを調べて、私と貴女が夫婦なのに気づいたみたいです。
求婚する前に調べなかったのは、純情と言いますか、貴女の言葉を疑いもしなかったからなのでしょうかね」

私はリザヴェタのローブをもう少し開かせ、豊かな乳房をゆっくり撫でる。
リザヴェタは量の多い髪のつけ根に両腕を差し入れ、ローブから外に出した。
私の鎖骨から胸へとてのひらを滑らせ、乳首を摘む。
「貴男の乳首は鮭の身の色ですわね」
「え? ……英語でいう『サーモンピンク』?」
「そこまで可愛くはないわ。燻製にした鮭の色です」
「乾鮭色からさけいろですか……」
リザヴェタの小さな指が私の乳頭を撫でたり摘んだりしている。
「もう、人のものを琥珀だのなんだのおっしゃって。貴男のここだって無色透明ではありません。鮭です! 鮭」
鮭になったり鱒になったりシベリヤヤツメウナギになったりと、私も忙しい。

リザヴェタが話題を戻した。
「……今さらダルハノフ様と結婚しろとおっしゃるの。してくださるわけがないではありませんか」
「確かあの人の領地はうちよりだいぶん大きい。
ご両親も健在だし三人の妹君も未婚ですから、貴女は辣腕を振るい放題ですよ。姑も小姑三人組も屈服させておやりなさい」
「で、Я家はアクリナが領主夫人ですの?」

「そんなことをしたら我が家は三日で潰れます。
ダルハノフ家の人たちはみんなアクリナのキノコマリネの讃美者ですから、料理女として連れて行って面倒を見てやってください。
彼女にも、あちらの馭者か何かで、誠実で善良な男を……ちゃんとした夫に。
ささやかで良いので、教会で婚配機密【* 正教の結婚の儀式】に与らせてあげてください」
「ちょ……ちょっと、今度は何ですの。また嘘ですね」
リザヴェタが私の『乾鮭色』の乳首を捏ねて摘まみあげた。
「あ……う」私は思わず呻き声をあげる。
「い、いえ、もう貴女方に申し訳なくて……」
リザヴェタが言い切る。「ただの気の迷いです」

リザヴェタはさらに私の乳頭を摘まんで左右にひねり続けた。
「セレネーさんに聞いたとおりですわ。ちゃんと殿方も感じるのね」
「あ……はい、そうです……」
セレネーにずいぶん色々『愛の技術』を教わっているらしい。

「セレネーさんは今でも『レダと白鳥』館にお勤めなのですか」
「いいえ、どなたか存じませんが、とても身分の高い方の恋人でいらっしゃいます」
「はあ……、貴女はいろんな方とおつきあいしていますね。私は知り合いはともかく、まともな友などいないのに」
「貴男様のお友達はアレクサンドル・ポポフ様だけでしたものね」
私は声を殺して笑った。まあ、ある意味、知己といえたかもしれない。生きていれば、また訪ねて嫌味を聞きたくはある。

「で、わたくしとアクリナをリャザンに追いやってどうするのですか。貴男が婦人なしで過ごせるの?
隣の血まみれの小間使いとでも?
まさかうちの大事な女農奴に手をつけたりなさいませんわよね」
「禁欲して、貴女たちの幸せを祈りながら泣いて暮らします。
……イヴァンを育てて……
耐えられなくなったら年に一度くらい娼館に行って、レオニード・バシュキロフとばったり会うのです」

「まあ、行おこない澄すました暮らしですこと」
リザヴェタはかがみこみ、私の、耳を覆った髪をかきあげる。耳元に口をつけた。体温の高い、熱い舌で私の耳元を舐める。
「あ、……うわ! や、やめろ」
そのまま、耳元で笑いながら囁いた。
「貴男のお体はそんなの無理だとおっしゃってます」

「これもセレネーに教わったのですか……?」
「はい。まだ試す勇気がないのですが、……殿方の後ろの門の、前のほうをこすると気持ちが良いとか……」
「そんなのは淑女がすることでは……」
「貴男こそ紳士がやりそうもないことを、ずいぶんたくさんわたくしになさったではありませんか」
「ただのご奉仕ですよ」
「その後ろの門だって、とうにどなたかにやっていただいたことがあるんでしょう!」
「……まあ、そうですが……ずいぶん前ですよ」

「ふうん、」
リザヴェタは私のようにそう言って、私の内腿をそっと、何度も撫であげていく。
ぞくぞくする……。
どこで覚えた……。自分で自分を慰めるうちに学んだのか?
リザヴェタは私の両脚の脇に膝をつき、またがる。
兎の毛皮のローブがあちこちに触れ、心地良い。
リザヴェタはうつむき、私の脚を開かせた。何をするつもりなのだ……。

「貴男だったらここで相手を縛りたいところでしょう」
「縛りますか? 貴女になら喜んで縛られますよ」
「縛って、明日の朝、掃除女のダリヤが入ってくるまで放っておくのも良いわね。ダリヤが可哀相かしら」
「ずいぶん突飛なことをお考えになりますね」

リザヴェタは、私の、子種を作る袋の裏側、縫い目をそっと撫でる。
「……あの、リーザ、これもセレネーに教わったのですか」
「いえ、別の貴夫人にですわ」
「この近所には淫らな貴夫人がたくさんいらっしゃいますね!」
「少し黒ずんでいますのね」
「リ、リーザ!」
リザヴェタがいきなり縫い目を、熱い舌で舐めた。夢ではなかろうか……。あの真面目なリザヴェタが!
いや、真面目に研究したのか。
もちろんまだ上手くはない、だが、悪くない。リザヴェタの髪が腰骨に当たる。

「……あ、ああ、気持ちが良い。リーザ」
リザヴェタが私の脚をさらに広げ……、尻の裂け目まで覗く。
「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……貴男のここはこうなっているのですね」
「はい……あの。なにか、恥ずかしいような……気がするのですが」
「これも他の女の方にやっていただいたのでしょう」
「あ……いや、イタリヤの娼婦と、貞淑な妻の貴女にやられるのは全然違う……」

「ふうん、ふうん、イタリヤの娼婦ですか!」
怒りで吐いた息が私の体にかかる。気持ちが良い。しかし、妙な感じではある。
『素人』の婦人二人を手に入れ、大事に、かつ、ほしいままにする代わりに、こういった愛の技巧を一方的に受ける状態など忘れていた。

リザヴェタは顔を上げ、豊かすぎる髪をかきあげ、強い目で睨む。私のために無理をしてくれたのだろうか。それとも持ち前の向上心と熱心さからか。
私の陰茎も硬く大きくなっていく。
リザヴェタは私の陰嚢の裏から肛門に至る、散歩道のような筋をそっと舐める。
こんな場所を婦人に見られ、触れられるなど十年ぶりくらいだろうか。
相手が妻だと何故気恥ずかしい?
リザヴェタは私しか知らないはずだ。まったくの生娘の状態から、性愛はすべて私が教えた。
……すると、こうなった。ああ!

「何故、今までわたくしは貴男のここを見なかったのかしら?」
「知りません。ご婦人に比べて、呆気なくてあまり面白くないと思いますが……別にどこでも見てください」
「……次はどこを見たら良いでしょう……」
私に訊かれても困る。
「そこはたいそう気持ちが良い。しかし無理をしないでください。貴女のような淑女が、……お嫌ではありませんか」
何か機嫌を損ねたらしい。私の脚のあいだの『散歩道』を意地のように舐め続ける。
「……あの、奥様」私は溜息を漏らす。「うん……」
閨では『蓮っ葉』に振る舞いたいのだろうか。
もしや、私を……こういう言葉が適当かわからないのだが、……犯したいのか?

リザヴェタが、私のふたつの場所のあいだの『散歩道』を舐めながら、手を伸ばし、小さく可愛い指で、私の乾鮭色の乳首を捏ねる。
「ふん、そういうことばかりしたいなら娼館に売りますよ」
「……感じないのですか……」
「いえ、気持ち良いです。でもまだあまりお上手ではありません……う、ん、……」
私は思わず息を吐く。
「もちろん、イタリヤの娼婦に比べれば下手でしょう!」
「あ……リーザ、パリの人にも……負けてます。ああ……でも良い……」

「な、何よ! そんなにあちこちで娼館に行ったのですか!」
「いえ、素人のご婦人のほうが良い。無理に口説くのが面白くて……」
リザヴェタが、広げさせていた私の脚の間を叩いた。
痛い。
「もう……もう最悪です! 放蕩者……猟色家……女たらし」

私はリザヴェタの兎のローブを引っ張り、私の上に倒れこませる。下から抱きすくめた。
「だから今はもう引退したではありませんか」
私は、私の匂いのするリザヴェタの口を舌で舐める。
リザヴェタの豊かな胸に顔を埋め、ローブをまくり、尻を撫でた。「貴女が舐めてくださったところと同じところを撫でますから……」
「はい……」
リードするのに少し疲れていたらしい。
しかし、間も無く、私がひたすら喘がされるようになるのか?
感慨深いものがある。

私はリザヴェタともつれあい、抱きしめる。
「貴女の『締まり』がどうなったか知りたい」
背後から探った彼女の裂け目は、もうすでに一度達し、次を待っている。
「はい……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……」
「ゲーニャで良いですよ」
「ゲーニャという感じではありませんわ」
私はヤギだか豚だかの腸で作った、子種を漏らさぬための包みを嵌める。

長々と接吻していると、リザヴェタも絡みついてくる。
「私の可愛い、生意気なリーザ……ああ、貴女が私などと結婚してくださって嬉しいです」
「何を今さらそんなことをおっしゃっているの。
結婚したら『おかしくなるほど抱く』と言ってらしたのに!」
「すいません、当時と体力が違いまして……。それに貴女は並みより欲望がお強いではありませんか……」
「他の女の方と比べないで!」

先ほどのリザヴェタの一人で激しく慰める姿を思いだした。
「ですから……(何が『ですから』なのか私にもわからない)、もっとはしたなく振舞ってください。
先ほどのお姿にはほんとうに……興奮しました」
「あ、あああ! いや、思いださないで!」
「私の記憶力はご存知でしょう。ずううっと、覚えています。八年前の八月二十三日にシベリヤで私に見せてくださった処女の硬い乳房だって……」
「見せてくださった……? 無理矢理見えるようにしたのではありませんか!」
「あの、三人で……」
「や、やめて!!」

私はリザヴェタの中に、包まれたものを入れていく。
「愛しています。私のリーザ」
「嘘ばっかり。ダルハノフ様に譲るのではなかったのですか!」
「コシュターシャはもっと可憐な令嬢と結ばれればよろしい……ついでにたくさんキノコを買ってくれれば」
「可憐な令嬢って……わたくしも……結婚する前は」
「ああ可憐でしたね。私の後をついてまわって……売春宿やら鞭打ちやらご覧になりたがって」
リザヴェタが赤面しながら抗議した。
「ああもう、ほ、ほんとうに腹立たしい方!」

「『締まり』が良くなっているのかあまりわからないな。貴女が相手なのですから別に締まりなんてどうでも……」
私はリザヴェタの奥に向かって腰を動かしていく。
「ああ……ひどい夫……」
リザヴェタの荒い息が聞こえる。
リザヴェタは、激しい。
「ああ、んん。エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……あ、もう、もっと激しく……ああん、嫌い! 大嫌い! エヴゲーニイ……嘘つき……馬鹿、大っ嫌い!」
何故、夫婦の愛の営みの最中に悪口を連呼されるのだ。

リザヴェタがしばらく大きく息をしてから、正気に返ったように言った。まだ、どちらも達していないのだが。
「……あ、あの、エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」
「はい。大好きなリザヴェタ・フョードロヴナ」
「あの、」リザヴェタは兎のローブを脱ぎ捨て、私の背に腕を絡めながら口づけして、囁く。
「昼間のお話のように……もうひとり、子供をつくりませんか」

「え、リザヴェタ。良いのですか?」
「はい……貴男の子供なら、貴男みたいなものではありませんか」
「どういう意味なのかよくわかりませんけれど。子を産むのは苦しいでしょう」
「わたくしが耐えられないと思ってらっしゃるの? 構いません。今度は貴男も喜んでくださいますか」
「もちろんです」
私はリザヴェタの中から、今にも破裂してどくどくと液を出し続けそうなものを抜いた。
身籠もらないための包みも外す。
苦しい思いをしても構わないと言ってくれる妻が頼もしく愛おしかった。
せっかく子供も可愛いような気がしてきたのだ。
ヴァーニャよ、喜べ。おまえの妹か弟がやってくるかもしれない。

そして、また子供ができて、……やがてこちらは年をとって死ぬのだ。
成長した子供たちもまた情熱にまかせて子を作り、死んでいくのか……。
腰を動かしても空虚な気がする。
「あ……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……ど、どうしましたの」
虚無感に襲われたとたん、私は男性としての力を失った。

「あ……待て、リザヴェタ。男はこういうことに敏感なのだ。罵倒しないでくれ」
「まさか。罵倒なんてしませんわ」
(先ほど散々悪罵を聞いた気がするのだが、おそらく情愛のこもった呼びかけだったのだろう)
「……でも、どうなさったの? こんなことはあんまり……」
「……今にも恍惚に達しそうだったのですが、……急に気怠さを感じて駄目になりました。何故でしょう……」

色々試した結果、子種を婦人の中に出さないよう包みをかぶせていれば、私もまだ使い物になることがわかった。
……新たな子供をためらっているのは、私のほうだ。


アイキャッチ画像
“Night on the sparrow hills”
Painted by
Alexei Savrasov (1830–1897) [PublicDomain]