第1話 黒い海から白い海へ 5.語り手の解説

西暦1831年6月, スモレンスク


「それからどうなりますの……?」
我が恋人が物語の続きをせがむ。
「今日は疲れたから、また、今度」と答えると、顔に出さないようにしているが、続きを知りたくてもどかしくてたまらないのがわかる。

私は科学と文明の世紀(たぶん。西暦19世紀である)に生きている。
科学や文明が西ヨーロッパから入ってきたのも、狭い女部屋(テーレム)に閉じ込められていた上流婦人たちが、華々しく夜会や舞踏会に登場するようになったのも、迷信に満ちた『中世』という時代を通ったからこそ得たものだった。

とはいえ、今でも我が皇帝陛下の治める北の帝国は、迷信と暴力に満ちている。

同国民どうしが同じ国民の大多数を、『農奴』をはじめとした『本物の奴隷』にしているし、……貴女は、貴女のヤポニヤ国も奴隷がいたなどと思っておられるかもしれない。確かにいたこともあったが、定着はしなかった。

奴隷のような労働はあったろう。しかし、『奴隷労働』と『奴隷』はまったく違う……本物の奴隷というのは、人格も何も認められない。生命も身体も労働も何もかもすべてが売買の対象である。奴隷に人格があるなどとさえ、夢にも思われない。

本物の奴隷に、貴女の国で一番近いのは、蛇やトカゲといった特殊なペットの餌用に売られる、赤裸の生きたネズミの子か何かだ。あるいは釣り餌のイトミミズやゴカイだ。
ネズミの子のほうが、働かなくて良いからまだましだ。

……私の身近にも奴隷がいる。農奴だ。農奴というのは……ああ……、ほんとうに、どなたかの言葉を借りれば、『一生風呂に入ることも着替えることもなく、ずっと牛馬のように働き続けるだけの気の毒な民』【* 引用元失念】なのだ。

農奴たちは、よく発酵させて(きね)でぐしゃぐしゃについた腐葉土のように精神も肉体も打ち砕かれている。簡素な丸太小屋(イズバ)にすら住めず、木の棒に皮を張った幕のうちに暮らす者たちのなんと多いことか。教育? 給料? 小遣い? 奴隷にそんなものがあるか! 家畜と大差ないし、おまけに家畜のほうが可愛いのだ!

特に悲惨なのはやはり婦人だ。
女農奴は、領主の馬鹿息子たちによってほぼ全員手籠(てご)めにされ、嫁は舅との情交を強制される。昔から伝わる家庭道徳の書『家庭訓(ドモストロイ)』は、家長が妻に罰を与えること、とりわけ鞭打ちを奨励している。
心を病む者は多い。魔女と呼ばれる場合もあった。流行病や天災が起きると、それは魔女のせいにされて私刑を受けた。

西ヨーロッパではとうに終わった迷信深さが我が国では、いまだに続いている。
野原も森も川も池も、危険な人狼や精霊がうろついていると信じられていた。家の精霊を怒らせないために、外出するときは精霊を騙さなければならなかった。
またロシア正教会の司祭は馬鹿で『至聖三者』【カトリック等でいう『父と子と精霊』】が、我が国で大人気の聖人『ミラの聖ニコラ』と『神』と『生神女マリア』だと信じて、通りすがりのドイツ人を呆れさせている!

まあつまり、……世界創造紀元7069年(これは西暦1561年のことだ。世界創造紀元は聖書によると神が世界を創造した年代から始まる)あたりは、さらに滅茶苦茶だったということだ。

 

しばらく私が語り手を務める。作者が疲れ切っているのだ。

私は十九世紀ロシア帝国スモレンスク県で中規模の領地を治める地主貴族である。
妻と二人の息子、それに農奴の恋人がいる。農奴の恋人は『お話』を聞くのが大好きだ。彼女は農奴だが、私は彼女を淑女のように扱う。

私は西ヨーロッパかぶれの洒落者の教養人で、外国語が得意だ。人物評は、『外国語が馬鹿みたいにできるだけのぼんくらの元・色男』である。
しかし、私は本当に珍しいことに、農奴に温情をもって接する啓蒙的な領主である。領地を豊かにするために、『小説の語り手』の副業さえもする。
(面倒になったら途中でやめるかもしれない。それに農繁期は休みである)