引用 詩『なんとすばらしい夜だろう!』 アレクサンドル・プーシキン

アレクサンドル・セルゲイエヴィチ・プーシキン

なんとすばらしい夜だろう!  凍てつくマロース 
空には一片の雲もない
刺繍模様のとばりのように 蒼弯には
降るように星がまたたいている。 
家々の中はいずこも暗い。門のかんぬきには
重い錠が下りている。
なべての人々は安らぎ
ざわめきも商いの叫び声も鎮まり
ただ邸の番犬だけが吠えながら
鎖を高く響かせている。


モスクワじゅうが恐怖のおののきを忘れて
安らかに眠っている。 
だが 広場は夜の薄明のなかに
昨日の処刑の匂いを充満させたまま。


周りじゅう生々しい苦悶の跡
一振りで切断された死体
ここには丸太 そこには熊手 あそこには
ひえたタールがつまった大釜
ここにはひっくり返った断頭台、
鉄の歯が突き出し
骨を交えた灰の山がくすぶり
棒杭に刺し貫かれ身を縮ませた死びとたちが
こわばり 黒ずんでいる……
さっきまで あたり一面の血潮が
細い流れとなって 雪を深紅に染めていた、
そして 苦痛のうめきがあがるが
死は眠りのようにかれらに触れただけで
おのれのえものをがっぷりと捕らえた。
だれだ そこにいるのは? だれの馬が全速力で
この恐ろしい広場を疾駆していくのか?
だれの口笛が だれの声高な話し声が
夜の闇に響いているのか?
そもなにもの? ―豪胆な親衛兵だ。
かれは飛ぶように 逢いびきの場に急ぐ
その胸には欲望が燃えたっている。
かれはいう、「おれのはやりたつ馬よ
おれの忠実なあおよ! 矢のように飛べ
速く もっと速く!……」しかし 威勢のいい馬は
突然 編んだたてがみを振りあげ
立ち止まってしまった。闇の中 柱と柱にかけられた
樫の横木につるさがり 
死体がひとつ 揺れていた。気丈な乗り手は
その下を駆け抜けようとしたが
駿馬は鞭の下でのたうち
いななき 鼻を鳴らし あとずさり
せんとする。「 どこへいく? おれの勇みたつあおよ!
なにをこわがる? どうしたのか? 
おれたちは 昨日ここを走り回ったじゃないか
猛り狂って踏みつけたじゃないか
こみあげてくる復讐の念に燃えて
ツァーリにたいする奸悪な裏切り者たちを?
おまえの蹄鉄のついたひづめを
洗ったのはやつらの血ではなかったのか!
いまはもはや あいつらのことを忘れてしまったのか?
おれの駿馬よ おれの勇敢なあおよ!
走れ 飛べよ!……」すると 疲れた馬は
柱の間を   走り抜けた。



A.S.Pushkin”What a night! The ringing frost”『本邦初訳 プーシキン詩集』 1990草鹿外吉他訳 (著) 青磁社