さらに番外 エレナのレース編み

女中頭のエレナ・ネクルィロヴァは編み物が得意です。

夜,4月20日,1831年

私はあいかわらず、領主館の主寝室で枕を抱いてひとりで寝ている。
枕の長さは、私の背丈の半分ほどもあった。今までに締めた鶏や鴨の羽がたっぷり詰まっている。ふわふわだ。
さらに素晴らしいことに、新しい豪華なレースの枕カバーがある。

枕カバーは今日の午後、突然、エレナが私に贈ってくれたのだ。
女中頭のエレナ・ネクルィロヴァは痩せて背筋を伸ばした、厳しい婦人だ。頰がこけ、白髪の混じった薄茶の髪の毛をきつく結いあげ、地味に清潔にしている。愛想のない我が民族のなかでも、さらに愛想がない。

今年の冬、我が領地の婦人たちは老若貴賎を問わず、編み物に熱中していた。
温かくなり、仕入れた羊毛もなくなるにつれ、編み物流行もひと段落ついた。編んでいる婦人はもうほとんど見かけない。
しかしエレナだけは暇を見つけ、絹と麻を混ぜた細い糸で繊細なレースを編み続けていた。自分の付け襟でも編んでいるものだとばかり思っていた。

居間の、延々と長い食卓でひとりで遅い昼食を取っていたら、突然渡された。
「領主様、枕にかける布地でございます。リザヴェタ奥様のぶんも編みたかったのですが、やはりお好みがございますでしょう。
……書斎ででもお使いいただければ嬉しゅうございます」

昼食は黒パンに茄子のジャムと人参のジャム、野菜のマリネ、チーズのかけらだ。
「ここに置かせていただきますわ」
エレナは食卓の、私の隣の椅子に白いレースの布を置き、さっさと行こうとする。

私は白いレースを広げた。
驚くほど豪華だった。枕が巨大だから、カバーも巨大だ。どうやって編んだのか見当もつかない。火の鳥だの薔薇だのが組み合わさった凝った透かし編みで、編み目が緩んでいるところなどまったく見当たらない。
絹が混じっているから手触りも滑らかである。これを馬鹿でかい枕の大きさ……袋状の覆いだから正確には枕の大きさの倍だ……にまで編んだのだ。
恐ろしい手間と集中だ。

紅茶を持ってきた料理女のオクサーナが驚いている。
「まあ! ここまで凝ったものをお編みになるなんて……」
私は振り返ってエレナを呼んだ。
「エレナ、これは美しいな」
「いえ、つたないものを差し上げて、恐れ多いことですわ」
またさっさと行こうとするので、私はエレナにこちらに来るように言った。戻ってくる。礼儀正しいがまったく愛想がない。
私はエレナに言う。
「エレナ、私に贈ってくれなくて良いよ。素晴らしい品ではないか。手間がかかったろう。
私などより、自分で使うか、誰かもっと……(エレナは独身だし、身内の話は聞いたことがない。秘密の恋人でもいることを祈る)、一番良く働いてくれる小間使いにでもあげたらどうだ。
……さもなければ、売れば相当な金額になるだろう。何なら、買ってくれそうな店を紹介しようか」

「領主様、お気に召さなかったのでしょうか」
エレナは慎ましく控えながら言った。
「いや、出来が素晴らしいからこそ言っている」
「でしたら、どうかお受け取りください。あたくしのぶんの枕の覆いや色んなものは編み尽くしてしまいました。
僭越ながら、貴男様は最近とみにお疲れのごようすで……せめてぐっすりお休みになれますようにと思いまして」
「え、私のために編んでくれたのか?」
上等な工芸品だ。これならばオレンブルクのレースにも勝てるであろう。

「はい、エヴゲーニイ・パヴロヴィチ。この地で一番重きを為す方は貴男様です。ご自分でいくらでもお好みのものが買えるとしても、たまには決まったお仕事以外に何かして差し上げたかったのですわ。
……あたくしにはこれくらいしかお役に立てることがございませんから」
無愛想なエレナが、ほんのかすかに、包み込むように優しく微笑んだ。
……私はそれほど弱って見えるのであろうか。

ほかの料理女や小間使いも集まってくる。感嘆の溜息をつくものもいる。
「ネクルィロヴァさんにこんな特技がおありだなんて!」
「編み方を教えてくださいませんか。この大きな火の鳥の尾なんて、どうやって……」

火の鳥の尾は幾重にも分かれ、それぞれシダの伸びかけみたいに渦を巻いている。
「孔雀より見事だな」私は言う。「では、有り難くいただく。さっそく今夜から使うよ」
「恐れ入ります」
エレナは少し恥ずかしげに頭を下げた。

—-
私はその枕カバーを使い続けた。綺麗だし手触りがよく気に入ったのだ。
あまりに見事なので、洗濯女や小間使いのあいだでも『領主様の枕カバー』として有名になった。
編んでくれた人物のことは特に考えなかった。

エレナ・ネクルィロヴァの私室から、私と揃いの枕の覆いが見つかったのは、私もエレナも亡くなった後であった。エレナは天寿を全うした。
賢明な老婦人として、すべての使用人や若い領主一家にも尊敬を受けていたから、ちょっとしたスキャンダルになった。
やはり主人に忠実であり続け、いまはすっかり老成し、頼もしい壮年の男となったヒローシャが、エレナの思いにこっそり涙した。