第10話 中年の紳士と若い令嬢★

イアが領主様にひどく叱られた夕方、Я家で簡単な晩餐会が行われました。
イアも出席しますが元気がありません。隣家のあとつぎで、領主様の幼馴染みのレオニード・バシュキロフだけがとても張り切っています。どうやらイアが気に入ったようです。
食後の散歩のあいだにレオニードとイアが消え、領主様とリザヴェタ奥様は慌てて二人を探します。
★性描写があります。

夕刻、4月20日,1831年

今夕は珍しく、我が領主館でささやかな晩餐会を開く。
客は西北の隣家の嫡男であり、私の幼なじみのレオニード・バシュキロフひとりだ。我が家からの出席者は私とリザヴェタの夫婦、それに妻の従妹のイアである。合わせて四人の会だ。
レオニードを呼ぶのは今朝決めて、それからリザヴェタが招待した。レオニード・バシュキロフはほんとうに暇だったらしい。ひとりで騎馬でやって来た。
玄関間から聞き慣れた声が聞こえる。レオニードが我が家の辣腕の家令様に話しかけている。長身だが、声はテノールで妙に爽やかだ。
「やあ、久しぶりだね。テレージン」

家令テレージン様の少々しわがれた丁重な挨拶が聞こえる。
「バシュキロフ様、ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りくださいませ。ご案内は不要でございましょうか」
「勝手知ったる、といったところだからね」
ああ、彼は来るたびに同じ軽口を繰り返す。『馴れ馴れしい』と『飽き飽きする』言葉が大好きな我が幼馴染みよ。……テレージンにレオニードの人物評を聞いてみたい……。ちなみに私は『外国語がやたらにできるだけのぼんくらの元・色男』だ!

私はリザヴェタとイアを連れ、待ち合間でレオニードを迎えた。
テレージンとともに、レオニードが待ち合間まで昇ってきた。
私の二つ年下の幼馴染で、長身の美男……といえば美男なのだが、創造主殿(いれば)の作りが雑だったというか、ジャガイモふうに美男だ。顎の線がもっとすっきりしていれば、『素敵な青白い頰』をしていれば、いやたぶんそういう問題ではなく、もう少し、明晰な頭脳や感受性があれば、だいぶん違ったのではなかろうか。

十代から三十前後まで洒落者のつもりであった私がとやかく言えることではないが、若き日の一瞬、レオニードも英国ふうのダンディの真似をした。
彼の場合は、すぐに自分には向いていないと悟ったらしい。洒落者の姿は、形だけ真似てもさまにならない。
(いろいろ細かな決まり事だか美学だかなんだかがある。近視のふりをすべきだとか、肩にリューマチがなければならないとか。……わけがわからない)

今のレオニードは茶色の癖毛を無礼でない程度の長さにし、無礼でない程度の野暮ったい正装をしている。
とはいえ今日は、レオニードにしては洒落た服装だ。
黒いクラバットは糊づけしすぎで、巻き方は私たちが十代のころ流行したものだが、私も流行はもうよくわからない。

リザヴェタとイアを見て、レオニードは明らかに喜んでいる。
「リザヴェタさん、相変わらずお美しい」
右手をとってキスしている。リザヴェタが言った。
「突然ご招待して申し訳有りません。主人がどうしても貴方様にお会いしたいと申しまして……」
私の使用人で役職名『妻』のリザヴェタは命じたとおり少々露骨なくらい流し目やら媚びた目やらをレオニードに向ける。
「でも、レオニード様、わたくしもお会いできて嬉しゅうございますわ……」

「ああ、レオニード君。彼女を紹介したかったのですよ」
私はイアの肩に手を置いた。イアは微妙に嫌そうに避けようとしたが、知るか。
エレナに着付けしてもらった葉っぱ色の、リボンのたくさんついたロマンティックドレス姿だ。薄いどんぐり色の髪を左右で縦に巻いていた。この髪型が流行だ。
昼間、かなり酷く叱りつけたせいか、おとなしい。むしろ私に怯えている。しかしかわりに、内気な、まともな令嬢に見える。

「我が妻リザヴェタの母方の従妹で、イア・ドミトリーエヴナ・エルマーコヴァ。花嫁修業で我が家で預かっている」
レオニード・バシュキロフは独身だ。
別にそうしたくてしているわけではなく、何となく結婚できないらしい。
地主貴族の嫡男で、半分はジャガイモだが半分は長身の美男だし、礼儀正しく真面目な働き者だし、何が問題なのか知らないが、どうしてかご婦人を全く惹きつけない。恋に飽きた令嬢が、とにかく無難な相手と落ち着こうなどという時にはじつにぴったりの相手だと思うのだが。
とはいえ、三十少し過ぎたところだから、紳士としては結婚が遅いというわけではない。イアが二十二歳だから、年齢的には釣り合っている。

レオニード・バシュキロフがイアをまえに感嘆の声をあげた。
「イア・ドミトリーエヴナ! リザヴェタさんの従妹とは。ああ、よく似ていらっしゃいますね」
レオニードはリザヴェタがお気に入りらしい……おそらくあの、豊かな胸と腰と細いウェストに惹かれているのであろう。
「……初めまして、お目にかかれて光栄です」
イアが習ったそのままの言葉を繰り返した。何か虚ろだ。

私は食卓に向かいながら、レオニードに囁く。
「イアのご両親から結婚相手を探すように頼まれていてね。愛の対象が『人間のご婦人』で、独身の紳士に紹介するのは君が初めてだ」
レオニードから、止め切れないように笑みがこぼれてくる。「……そうか、なるほど」
「まだ、礼儀作法をあまり知らない。多少、無礼な振る舞いをするかもしれないが、許してやってくれたまえ」
「それは可愛らしいね……」
私はレオニードをまじまじと見てしまう。涎を垂らさんばかりに私に囁くのだ!
「……じつに清楚で内気そうなお嬢さんだな……花嫁修業中か……素晴らしい」
「うん、フランス語も下手だし……礼儀も知らない。領地のことも。今年の冬までに色々と覚えさせるつもりだがね」
「今のままでじゅうぶん魅力的だなあ。僕が教えてみたい」
「何をだ」
「ああ、もちろんフランス語だよ……」
そう言って含み笑いをする。これがレオニードか?
「君は挨拶以外のフランス語ができたか……?」
レオニードは私の話などまともに聞いていない。「エヴゲーニイ、まさかイアさんに不埒なことはしていないだろうな」
「愛する妻の従妹にそんなことをするか」
「ああ、君はもともと歳上好きだったな。『レダと白鳥』館で、ご婦人が若すぎると文句を言ってたっけ……。十五くらいのくせに、二十歳くらいのご婦人に」
「別に気に入った人なら歳下だの歳上だのさして関係ないが……妻は歳下だし」
レオニードは私と言葉を交わしつつも、聞いてはいない。視線は先を行くイアとリザヴェタを追いかけている。一足ごとに二人のドレスのスカートが揺れる。レオニードはひとりで笑みをたらたらこぼしている! 我が国では人前で笑うのは無礼なのに!

従姉妹同士のふたりは、先に居間を横切って食卓に向かっていた。ご婦人の衣装の流行は濃く深みのある色から、淡い色に変わっているらしい。リザヴェタはラヴェンダー色のドレスに燃えるような金色の装身具や房を垂らし、イアは青虫の腹の色のドレスだ。
チェロのような後ろ姿がよく似ている。

レオニード・バシュキロフは、堅物だ。
たまに娼館くらいには行っているだろうが、淑女や令嬢にはとにかく礼儀正しいだけの男だと思っていたのだが……まったく、この、にやけ具合は何なのだ。
ああ、レオニードのようすは若い娘に対する、好色な中年男性の反応そのものである。……人生の無常を感じて、何もかも嫌になってきた。
純情な少年であった私たちも老けたものだ。
私が十五、レオニードが十三の時に無理矢理『レダと白鳥』館に連れて行ったことがある。そのときのレオニードは、将来の妻に申し訳ないと言って……たぶん怖気づいたのだろう……娼館のご婦人を見ただけで逃げ出した。

レオニード・バシュキロフは居間の赤い絨毯を歩きながら、本当に嬉しそうだ。もうすでにイアが自分のもののつもりのようだ。
ああ、……にやけている。……ああ、今では私も、ご婦人を前にこんな様子をしているのか……?  (イアに対してはしていない)

しかし、私はイアをレオニードに渡すつもりはなかった。家長としてお義兄様として拒否する。
そう、条件は良い。イアのほうが若干身分が低い。大きく分ければ階級は同じだから、まあ身分に関してはそう文句も出るまい。それに、バシュキロフ家はお父上が農作に熱心なので豊かである。
バシュキロフ家の花嫁になれば、イアは不自由なく過ごせるだろう。だがレオニードには無理だ。何ひとつイアを理解しないだろう。まったくその能力がない。たぶん、イアはうちで薪割りをしているほうがましだ。
私も別に何も理解していないが、イアが何か叫びたがっているのだけはわかる。少なくとも、理解しようとしてくれる男でなければ……、そんなのがいるのか知らないが……。

食卓の席順は男女に分かれて座る昔ながらの方式だ。私とリザヴェタの夫婦、イアとバシュキロフが向き合う。
食卓ではろうそくが揺らめいていた。
私たちの目の前にリザヴェタとイアが並んでいる。晩餐はまあそれなりに豪華だが、女二人はまったく楽しんでいない。
「リーザ」
私は妻に呼びかけた。「この鹿肉はこのまえ貴女が獲ってきたものですか」
「そうですわ」楽しそうではないが、リザヴェタは楽しそうなふりをする。
「ヒローシャとイーゴル(馭者の一人)と猟にいって、わたくしだけ獲物を獲ったのですわ」

レオニードが陽気にいう。「素晴らしいお転婆ぶりですね! 今度は僕も誘ってください」
リザヴェタは思わせぶりな含み笑いをする。少し下品なくらい、露骨にレオニードを喜ばせるよう振る舞っていた。生意気に、しかし、媚びるようにだ。
力の強い目を伏せ、それから急にレオニードの顔をまっすぐ見つめる。レオニードがどぎまぎしている。こんな技ができるなどとは知らなかった。
「レオニード様は猟銃の腕前はいかがですの? うちの馭者は元猟師でしてよ」
「ああ、ええと、ヒローシャ君でしたね! 異族民の。彼には敵わないかもしれませんが……僕も少しは腕に覚えがありますよ」
イアを見た。「イアさんはいかがです」
イアは本当に元気がない。「猟……ですか?」
声は消え入るようだ。「やったことがありません」
リザヴェタがイアのようすを見て、不思議そうにしている。
私は気にしないようにリザヴェタに軽く手で合図する。

もちろんレオニードはイアの様子が変だなどと気づかない。普段を知らないし。
「イア・ドミートリエヴナ。僕が今度、猟銃の撃ち方をお教えしましょうか。そして四人で猟に行きましょう」
イアはうつむいて黙っている。レオニードには恥ずかしがっていると映るらしい。私が代わりに答える。
「私は猟はあまり好きではないな……。釣りのほうが良い」
レオニードが有頂天になっている。
「エヴゲーニイ、君は誘わないよ。ヒローシャ君だったか、彼に来て手伝ってもらうだけだ」

リザヴェタが微笑む。蝋燭が下から鹿の脂のついた唇を照らす。はっとするくらい妖艶だ。
「まあ、レオニード様はわたくしと従妹にそんな乱暴なことをおさせになるつもり? 足手まといの女がふたりもいたら、貴男様まで遭難してしまうかもしれませんわね!」
リザヴェタは、女中頭のエレナが運んで来た赤ワインをぐいぐいあおっていた。そうしながら、鹿肉のシチーと、香辛料漬けの鹿肉焼きを、真っ赤に塗った唇で食べる。
「リーザ、飲み過ぎですよ。酔っ払って猟に行くつもりではないでしょうね」
「あら! そうして倒れてしまったら、レオニード様が助けてくださいますわ」
「イアはどうするのです」
二人とも(下手をすると、レオニードまで)ヒローシャが簡単に助けそうな気がしたが、楽しい(?)会話に現実的かどうかといった基準を持ち込んではいけない。
「そうねえ……貴男は釣りに行ってらっしゃるんでしょう? エヴゲーニイ・パヴロヴィチ。貴男は本を読みながらヨーロッパオオナマズとたわむれていれば良いのですわ。
わたくしもイアも、二人ともレオニード様に助けていただきます。だって、……逞しい腕が二本おありなのですから……」
ああ、レオニードが……。

男女が分かれて座る座り方は不自由である。が、独身の令嬢を初めて会った独身男のすぐ横に座らせるわけにもいかない。私はリザヴェタのとなりに座りたかったのに。
「リーザ、貴女は私に嫉妬させようとなさっていますね。そんなことをしたら、領地に閉じ込めて二度と出しませんよ」
「あら、わたくしは馬に乗れますもの」

レオニードが余裕を持った笑みを浮かべている。
似た女が……好みの体型の……二人、目の前にいて、一人はすでに隣家の幼馴染みに嫁いだ身だが、もう一人はまだ乙女だ。いずれ誰かに嫁ぐであろう。最初に呼ばれたのは自分だ。つまり……わかりやすい計算だ。
レオニードが浮き立った声を出す。
「エヴゲーニイ、君は君のくせに幸せだな! 
イアさん。貴女はお部屋のなかでなさることのほうがお好きでしょう。刺繍や手仕事や、楽器や、フランス語の小説や……」
私は笑いそうになる。イアは答えない。食事も進んでいない。

レオニードが言った。
「イアさん、貴女はほんとうに恥ずかしがり屋さんですね! リザヴェタさんの従妹とは思えません」
「イア、好きなものは? こちらのレオニード君に教えてあげたまえ」
私はイアに、子犬に命令するように、言った。
イアはうつむきながら、小さな声で答える。身体中が固まっているように見えた。
「……マダーム・アクリーヌの……木苺のジャム」

「マダーム・アクリーヌ……?」鈍感なレオニードも気づいたようだ。「アクリーヌって、アクリナさんか?」
それから私を責め出した。
「エヴゲーニイ、君はこんな無垢なお嬢さんにアクリナさんのことを知らせているのか」
リザヴェタが咄嗟に言う。さすがだ。
「あら、レオニード様。アクリナはわたくしの実家の料理女でしたの。だからイアも、ずっと前からあの人を知っていましたわ」
リザヴェタはアクリナが、実家から連れてきた、ただの料理女であるように話す。
「アクリナは木苺のジャムを使ったお菓子が得意で、イアも子供のころから好きでした。よく懐いて、しょっちゅうお菓子を焼くように急かしていたわね」
……こんな話を妻にさせて申し訳がなかった。

レオニードは、イアがほんとうに、アクリナを単なる料理女だと思っているかもしれないと考えたらしい。
いちおう紳士らしく話題をそらす。
「イアさん、是非うちにも立ち寄って欲しいな。うちの料理女の木苺ジャムもなかなかのものですよ」
「イューカ、あんたはお菓子以外に何か趣味があったかしら」
さすがに、あまりのイアの元気の無さにリザヴェタも心配しているらしい。
「イューカ……」レオニードが小声で、愛称を口の中で転がし、しゃぶるように繰り返している。
「……趣味なんてないわ」
「イア・ドミートリーエヴナ。僕が色々、楽しいことをお教えしましょう」
レオニードが胸を張った。
「農耕か?」
「農耕も楽しいだろう! 君はラプチの編み方を教えてあげれば良い!」
農耕は、毎日やると楽しくない。

—-

デザートと紅茶のあと、私たちは外に出た。少し酔いを醒まそうという口実で私が提案した。
昼がどんどん長くなって行く時期だが、さすがにもう日が暮れていた。
いちおう玄関から厩舎まで砂利を敷いてあるので、ここはあまりぬかるんでいない。箱柳の新芽が揺れた。
私はリザヴェタの肘に肘を絡ませ、エスコートした。レオニードがやはりイアの肘を取る。
私はとにかくリザヴェタに近づき、なるべくならば彼女の怒りを解かねばならなかった。そのために開いた晩餐会である。
客、レオニードの前であるかぎり、リザヴェタは私と仲睦まじくしなければならない。

「イューカはどうかしましたの?」
リザヴェタが小声で私に囁いた。
「昼間、少し叱ったのです」
「あんなに誰が叱っても何ともなかった子が?」
「うん……まあ、かなりひどく叱りました。たまには必要です」
「あの娘にはそうでしょうけれど……イューカは何をしたのです」
せっかく穏やかに話しているのに、リザヴェタの気持ちを逆立てたくなかった。私が叱りつけたのは、アクリナの家に来ては、私がいようと菓子をねだるからだ。
「ああ、農地をいつか英国式に輪栽式にしようかと思って、ためしに牧草地の一部で赤蕪を育てるつもりなのですが……」
「え、それが関係ありますの?」
「まあ……農奴が誰もやりたがらないので、いっそ私とイアとテレージナ夫人とヒローシャで……嫌だというので叱りました。ヨーロッパロシヤの大領主様令夫人になるつもりならば多少やってみろと」
「……わたくしには農耕をしろなどとおっしゃったことはないではありませんの」
「イアには何もかも一から教えなければなりません。領地は農耕で成り立っているのですから」
私はリザヴェタの腕を引いた。領主館の裏庭に向かう陰にいる。
少し先をレオニードとイアが歩いている。正確に言えば、長身のレオニードがイアを案山子のように引きずっている。
「月がきれいですね」レオニードの声が聞こえる。いちいち言うことが陳腐だ!

私はリザヴェタの前に体を屈め、素早く軽い接吻をした。「ちょ……ちょっと駄目」
「私たちは仲睦まじい夫婦なのですよ」
「そうですけれど……」いまだけはね、と言いたげだ。
「リーザ、愛しています」
私はこのままリザヴェタを抱きしめ、さらに接吻を繰り返そうと思ったが……駄目だ、リザヴェタには誤魔化しととらえられるだろう。じっさい誤魔化しだ。
だいたい昼間、アクリナに二人で駆け落ちしたいだのなんだのと散々愚痴をこぼしていたくせに、よくこんなことを役職名『妻』に言えるものだ。

私はリザヴェタの耳元で囁く。
「早く本物の妻に戻ってください。貴女がいなければ、領地が……使用人には貴女を憎む者もいますが、領民にはたいそう慕われているではありませんか。
……私たちは同じ船の船長と副船長で、船にはたくさんの領民が乗っているのです」

「船長と副船長……? だったら妻でなくて良いではありませんか。それに、副船長はテレージンでしょう」
もう私にはリザヴェタの懐柔策など思いつかなかった。
父ならどうするか考えそうになり、あの男が我が母上にした、どうしようもなく残酷な仕打ちの数々が蘇り……母の『名の日』に特別装丁の聖書を贈ったのは良いが、中身はどこかから手に入れたサド侯爵の淫本だとか……、馬鹿か。そんなのは論外だ!

「……リーザ、貴女が妻であることが重要なのです。領民たちもそのほうが落ち着きます。
私が独身なのは良くない。女農奴たちも、いつ私に弄ばれるか怯えなければなりません。そんな元気はないのに」
「あの人に妻になってもらえば良いではありませんか。貴賤結婚だろうと貴男はお気になさらないでしょう」
『あの人』とはアクリナだ。
「あの人に領主夫人ができるわけがない。
……領民たちは、私に貴女というしっかりした奥方がいることに慣れています。
二人で領民たちを見守っていると……領民の子供たちには、私たちをもう一組の両親のように思ってもらわなければなりません」
私はリザヴェタと繋いでいた右手を、握手の形に変えていく。
「友人としてお願いします。……本物の領主夫人に戻ってください」

「本当にわたくしを実用に『使う』ことしかお考えでないのですね……」
「信頼できる方にしかこんなことは頼めません。お望みなら、甘い言葉を囁きましょうか。ええ、いくらでも」
リザヴェタの声は低く燃えるように怒りに満ちている。「馬鹿にしないでください」
私はリザヴェタの右手を取り、甲に接吻する。
「貴女が必要です」
リザヴェタが急に私の手を振り払った。また怒らせた、と思ったがそうではなかった。
「ちょっと待って。イューカはどこです?」
「え……ああ」
そういえば見当たらない。

私とリザヴェタは屋敷の陰にいた。
この時間、屋敷のまわりでは、まだところどころで篝火が焚かれている。
西南の裏庭に向かう通路だ。数サージェン行くと月光に照らされた裏庭が見える。裏庭は百サージェン四方だろうか。いくらか珍しい花木も植えているが、気候が合わず枯れているものも多い。
厩舎と倉庫があり、ヒローシャとイアの小屋があり、まわりは白樺と松の森に囲まれている。
私とリザヴェタは裏庭に走った。
イアもレオニードも見当たらない。

リザヴェタが青ざめている。「え、ええ? イアを、レオニード様が? ……貴男ではあるまいし」
「しかしさっきの様子を見たでしょう。あれは堅物だったのですが、十代から溜め込んだ欲望が爆発して、急に錯乱するかも……」
令嬢は結婚まで処女(おとめ)でなければならない。
リザヴェタが言う。「いくらなんでも、初めて会った令嬢に、レオニード様が。あ、貴男でさえ、わたくしと初めて会ったときは礼儀正しかったではありませんの」
「イアはレオニードになどやりません」
「ええ。レオニード様がお気の毒です」
「いや、あんなぼんくらでは、いくらイアでも気の毒だ。相手がコスターシャ・ダルハノフ【* リザヴェタ奥様がひっかけた純情な青年貴族】なら考えましたが。今度はダルハノフ家が気の毒か」
「も、もう、ダルハノフ様のことはやめてください……」
裏庭の倉庫の陰だの厩舎だのを見て歩くが、二人とも見つからない。レオニードの馬は厩舎にいる。
「小川にでも落ちたのか?」

懐中時計を見ると夜九時だ。私はヒローシャの小屋のドアを叩く。どうももう眠っていたらしいヒローシャがルバーハにカフタンを羽織り、猟銃を持った姿で出てくる。
「領主様? 何かございましたか」
さすが猟師で、眠っていても何かあればすっと目が覚める。
「イアとレオニード・バシュキロフが散歩に出て消えた」
「ええ!? あのお隣のバシュキロフ様ですか? 真面目な方だと思っておりましたが」
「今、リザヴェタ奥様と探している。手伝え。不埒なことをしようとしていたら、猟銃で脅して良い」

ヒローシャはあっという間に乗馬服に着替え、自分の小屋から猟銃を持って飛び出してきた。火を入れた角灯を私に渡す。自分はなくても見えるらしい。
「ああ、ヒローシャごめんなさいね」
リザヴェタがヒローシャに言う。ヒローシャが答える。
「イア様ならば、ご自分で抵抗して大騒ぎなさると思うのですが……」
「それが、なんだか元気がないのです。昼間、この方が派手に叱りつけたらしくて、効いているみたいなの」
リザヴェタが私を指す。
「まずいわ。未婚の令嬢がつきそいもなしに夜、独身男性とうろつくなど……、結婚できなくなっても困るし、エヴゲーニイ・パヴロヴィチはレオニード様にはイアはやらないとおっしゃるし」
「絶対にだ。イアがレオニードなんかに傷物にされたらな、ヒローシャ、すぐさまおまえと婚配機密の儀だ」
「嫌です。探します」
もう堂々と嫌だと言っている。

ヒローシャは灌木を軽々と飛び越え、森に駆け込んでいく。使用人たちにイアとレオニードの消えた件が知られたらどんな噂を立てられるかわからない。
召使い同士の社交もあるらしいから、すぐに噂が広まって……そうしたらバシュキロフ家や近隣の地主貴族の家にも伝わる。
イアの評判は堕落した令嬢になる。なんとか面目を保つには、レオニード本人と結婚するしかない。
まさか、レオニードはそれを狙っているのではないかと思う。
……しかし彼にそんな頭があるか?

「……あの方がそんなことを考えつくかしら」
豪奢なドレスで隣を走っているリザヴェタが呟いた。貴婦人が走るなど考えられないが、乗馬をし、狩猟をするご婦人なのだ。
「私も貴女と同じことを考えているようです」
「レオニード様が、イアと公然の仲になろうとなさっているということですか?」
「はい。でも、ただ単に、歯止めがきかなくなったというほうがありそうです。あんな弱った、隙だらけの状態のイアは見たこともない……そそられる男はそそられるでしょう」

リザヴェタは息を切らしてきたが、走る速度は緩めない。……貴婦人なのに、ずいぶん丈夫だ。
「……そういうものなのですか。
ああ! もう! ほんとうにレオニード様があの馬鹿娘のイューカを誘惑なさったならば、今後一切出入り禁止にするわ!」
私とリザヴェタも角灯を光らせ、森に入る。この裏庭で珍しいものといえば、小川くらいだ。
アクリナの森の家に繋がる西の森だ。森の奥には小川が流れていて、アクリナの家の奥を通り、南の湖に通じている。
小川の横に東屋があるのだ。祖父の代に建てて、今では使用人や農奴たちが逢い引きに使うだけだ。

「バシュキロフ様! お止めください」
ヒローシャの威圧する声が聞こえる。
「ええ……ほんとうに何かしていたの……? レオニード様が? えええ? 貴男ではあるまいし……」
私は力が抜けそうなリザヴェタの手を引き、声のほうに、角灯の光を向けた。やはり東屋だ。ヒローシャが東屋の外から中へと、猟銃を構えているのだが、半ば顔を背けた妙な姿勢だ。

ギリシャふうの白い石積みの東屋は円柱に囲まれている。そしてベンチがある。
リザヴェタが驚きの声をあげた。私はヒローシャが何故、半ば体をひねった妙な姿勢をしているのか理解した。
ベンチにイアが座っている。ぴったり隣にレオニードがいて、ヒローシャや私たちにうろたえている。レオニードの外套の腕先になにか蜂蜜色の皮があった。ウリのようなものだ。

巨大な青虫が脱皮している……? 

青虫の皮が途中まで裂け、そこから蜂蜜色の新皮が現れていた。新皮には途中で大きくふたつの丸めの角のような膨らみがある。膨らみが跳ね返った先に、カタツムリの色のメダルか何かが嵌っていた。片方はなかば、レオニードのごつい手が隠している。
レオニードの手首を掴み、イアが自分の乳房に触れさせているのだった。
青虫の腹色のドレスをはだけ、白いコルセットの紐を途中までほどき、大きめの、生娘の硬そうな乳房を両方ともさらけだしている。ああ、薄いどんぐりのような乳暈、豊かな洋梨型の乳房はたいそうリザヴェタのものに似ている……いや、イアの半裸など見たくない……。
私はイアの上半身から目をそらした。

「ちょっと、イューカ、レオニード様、何をやっているの!」
「え……、あ、あの。リザヴェタさん……」
レオニード・バシュキロフはまともに口もきけない。
おまけに銃口を突きつけられているのだ。イアは私がいようとヒローシャがいようと、硬い表情を崩さず、服を直そうともしない。ヒローシャは見ないようにして、ただレオニードに銃を突きつけている。
リザヴェタがふたたび怒鳴った。淑女の話し方ではない。
「何やってんのよ!」

リザヴェタがイアに飛びかかった。頬を容赦なく平手打ちする。
ああ……、ついに待望の……、従姉妹同士の貴婦人の殴り合いが……見られるのか。
私は状況にもかかわらず一瞬感動した。

しかしイアはやはり元気がない。リザヴェタを見上げてぼんやりしている。レオニードもぼうっとしてイアの乳房に触れたままだ。乳首が尖っている……。駄目だ。気がつくと見てしまっている!

リザヴェタはイアのむきだしの肩を掴み、激しく揺すった。
「イューカ! なんて格好してるのよ。何よ、レオニード様がお好きなの」
腹立たしいことに、イアはリザヴェタを殴り返さない。ただ、不機嫌そうにリザヴェタを睨んでいる。
「もう!」
リザヴェタは、乳房に触れていたレオニードの手を、汚らわしそうに払いのける。手の甲の茶色の堅い毛がいやに目立った。その手首はイアが握っていたのだが。

リザヴェタはイアのコルセットを引っ張り上げ、紐を結び、青虫色のドレスを直した。
そしてリザヴェタはレオニードを睨む。「バシュキロフ様。貴男様がこんなことをなさったのですか」
「……イアがやったのでしょう」
私はなだめるように言った。それからレオニードを穏やかに責めた。性愛のことで、私がレオニードに説教する日が来るとは思いもしなかった。
「レオニード、ただ、君は止めなかっただけではないのか?」

「ああ……、許してください。イア・ドミートリエヴナ」
レオニードがイアの前にひざまずいた。
ヒローシャが銃を下ろす。彼なりに緊張していたらしく、大きく溜息をついた。

イアがいつもの調子でしゃべり出した。
「許すも何も、別に良いわよ。
手を繋いで肩を抱いてきたので、接吻してと言ったらレオニード様は接吻してくださったの。全然気持ちよくないわね。ぜんぜん!
それで、肩に手をかけているから、ついでに手を引っ張って体を触らせたらどこまで触るかなと思って」
「イア……」
私は呆れた。どうやって叱れば良いのか。

リザヴェタのほうが速かった。またイアに平手打ちだ。
「わたくしも、エヴゲーニイ・パヴロヴィチもあんたを心配して探したのよ! 令嬢がそんなことしては駄目だってくらいわからないの。それともそんなにレオニード様をお慕いしているの」
「Vous plaisantez? ……冗談でしょう? だいたい今日会ったばかりではないの」
レオニードが愕然としている。「イアさん。僕に一目惚れしてくれたのでは……なかったのですか……。僕たちは結婚するのでしょう?」

「なんで貴男と結婚するの? 」
私もイアに怒る。
「なんでではない。レオニードは、ぼんく……ああ、まあ真面目な男だ。おまえが誘わなければここまでしなかったろう。
令嬢は貞操を守らないと結婚できないくらい常識だろう。自分の人生を滅茶苦茶にする気か! 世間知らずにもほどがある」

「お義兄様はマダーム・アクリーヌの人生を滅茶苦茶にしたわけ」
「……あの人は令嬢ではない」
滅茶苦茶にしたと言えばしたのかもしれない。
輝かしい未来が待っていたわけではなかろうが、リャードフ家で、リザヴェタの義母のナタリア夫人の下で働いているのならば、それほど不幸ではなさそうだ。鸚鵡の世話をし、ナタリア夫人の飼っている白いスピッツ犬に餌をやり(犬が怖くても、あの程度の大きさで愛嬌もある犬ならば大丈夫だろう。ボルゾイ犬が特に怖いらしい)、時々はナタリア夫人やフョードル殿や他の召使いと笑うこともあっただろう。
「……アクリナさんは、私がいなければキノコ栽培もできなかったし文字も読めなかった……」

「アクリナさんは今は関係ないわ。もう、つまり何なの。レオニード様!」
職業『我が妻』のリザヴェタの迫力にレオニードが怯んでいる。
「は、はい」
胴のあたりでシャツの位置を直している……。中で色々とずれたのだろう。

「イアが、困った娘で申し訳ありません。ですが、貴男様も分別のあるお歳の、立派な紳士でいらっしゃいます。イアをきちんとお叱りいただきたかったですわ」
口調は丁寧だが、冷たい。
「リザヴェタ・フョードロヴナ。う……、ああ、貴女の従妹に……。ですが、イア・ドミートリエヴナ。僕たちは結婚するのでしょう? 明日、我が家に遊びにいらしてください。両親に紹介します。きっと貴女を気に入ります。……木苺ジャムの菓子を……用意させますから」

「イアは君と結婚しないと言ったぞ」
「え……ああ? エヴゲーニイ、君はイアさんの結婚相手として僕を紹介しようとしたのだろう。君のことを見直したのだが」
「いや。晩餐会をしたくて、近所で君が暇そうだったから呼んだだけだ」
レオニードはなんとも言えない表情をした。
おまけに……当然だがばつが悪そうだ。
「正直なところすまなかった。イアは粗暴な娘なのだが、最初内気そうだったから誤解させたね」

「粗暴な娘……。リザヴェタさんの従妹なのに? 誰でも誘惑するとでもいうのかい」
「違う。潔癖だ。私なんか毎日『不潔でいやらしいお義兄様』呼ばわりだ」
「本当に不潔でいやらしいお義兄様じゃない! ずるいわよ!」イアが本当に腹立たしげに怒鳴った。今までおとなしかったので、レオニードがまた驚いている。
「エヴゲーニイお義兄様、ご自分は何なのよ。今日だって昼間っからマダーム・アクリーヌといやらしいことをして、わたくしを怒って、今度はわたくしがいやらしいことをしたといってわたくしを怒るの! おかしいわよ!」
リザヴェタが……ひどく冷たく私を見ている。ああ。

もっとも、イアの言葉にも一理ある。
「ああ、いや、イア。確かに不条理だがな。
ああ……いつかはご婦人ももっと好きなように暮らせるようになるかも知れないが……、ああ。世の中の仕組みが今はそうなっているのだ。合わせないと、暮らしていくのが難しい」

「イア・ドミートリエヴナ。いや、イューカと呼ばせてください。僕には農奴の愛人などおりません」
レオニードがイアに言う。おまけにこの期に及んでレオニードのくせに格好をつけている。やはりイアと結婚したいらしい。というより胸と腰の豊かな若い令嬢と結婚したいだけではなかろうか……。
レオニードはイアの前で跪いたまま、彼女の両手をしっかり握った。
「貴女一人を大切にします。僕は貴女にあそこまで許させてしまいました。その責任は取らねばなりません」
「取らなくて結構です!」リザヴェタが叫んだ。「レオニード様、ただ今日あったことを黙っていてくださればそれで構いません! 令嬢のほうから殿方に体を触らせるなんて! ああ! しかも好きでもないのに!? 信じられない」

リザヴェタがよろけ、私が彼女の細いウエストを支えた。
「も、もう……いや。イューカ、あんたはほっておいたら、何よ……。最後まで許したの? 初めて会った中年の紳士に?」
(リザヴェタよ、レオニードは貴女よりふたつ歳上なだけだ)
ヒローシャがこそこそ逃げようとしている。私はヒローシャのフロックの端をつかんだ。
「わかんない。別にレオニード様は可もなく不可もなく、どうでも良い感じだから、どうでも良いわね」

「イア! この男は確かに暗愚……ロサクソン……とはなにも関係ないが……ああ、スラヴだろうとアングロサクソンだろうと男と、愛の行為をしたら身籠もるかもしれない。『ヴィーナスの病』【* 性病のこと】なぞを持っていておまえにうつすかもしれない。
それに最初は痛い。好きな男とやれ」

「エヴゲーニイお義兄様なんか大嘘つきじゃない! せっかくわたくしが犯人を教えてあげたのに、十ルーブルは確かにもらったけど!」
「何の話をしてるの? 犯人って?」
リザヴェタが聞いた。私とイアがどう答えようか迷っていると、リザヴェタの声が鞭のように響いた。
「ヒローシャ!」
ああ、呼ばれたヒローシャが怖がっている。ここまで強く当たられているくせに、何故、敬愛しまくっているのだ? そういう趣味なのか?
「ヒローシャ、おまえは何か知っているの。最近この人とこそこそ何かやっていたわね」

「あ、あの……大切なリザヴェタ奥様のために、領主様が……」
ヒローシャは唾を飲み込み、嫌がらせをした洗濯女の犯人を見つけた話をした。
「……それで最近、嫌がらせがないわけなのね。どうして話してくださらないの」
「貴女こそ、嫌がらせをずっと受けている話をまったくしてくださらなかったではありませんか。それに料理女の犯人がまだです」
「犯人はわからないかもしれませんけれど、そちらも嫌がらせは停まっています。密告が怖いのかしら」
リザヴェタは私とヒローシャに妙に丁寧に頭を下げた。「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、ヒローシャ。わたくしのためにどうもありがとうございます」
ヒローシャが焦って止めている。「とんでもないことです!」

「リーザ、犯人を教えたのはわたくしよ。なのにお義兄様は約束した褒賞をくれないの」
「ええ? でも、十ルーヴルもらったんでしょ」
「希望者にはさらに接吻するって洗濯女たちに言ってたのに」
「それは冗談だ。皆笑っていただろうが。
万一希望者がいたら、軽い罪のない挨拶の接吻をした。いいか、私は本気の深い接吻は妻と恋人にしかしない。……だが、ヒローシャのは本当だ」
「違います……」

レオニード・バシュキロフがぼうっとしながら言った。
「洗濯女に褒美に接吻……? 君はそんな破廉恥なことをしているのか。素晴らしい奥方がいるのに」
「だから冗談だ。もう私は領主館でまったく『もてない』。腹立たしい。ああ、だからな、『褒美に接吻』などとみずから口に出すのは、元・色男の領主が高い自尊心を捨てて、使用人たちを笑わせて和ませようとする決死の努力なのだ。
……それに私が破廉恥だのなんだのという資格は、レオニード君、君にはもうまったく、かけらもないね」
「いや。エヴゲーニイ、君の親戚になるのは不本意だが、僕はきちんと責任を取る。……あの処女の硬く張りきった、あれほど豊かなのに未だ熟れぬ乳房に……僕が初めて触れてしまったなど……やはり許されることではないのだ」
(何なのだ、この良い歳をした自己陶酔ロマンティシズムの醜悪な好色ぶりは!)

「リーザ、母屋に戻りましょう。
ヒローシャ、イアを引っ張って家に連れて行ってくれ。
イアは謹慎四日だとエレナ・ネクルィロヴァに伝えて部屋に放り込め。ついでに板で扉をふさげ。
ああ、そうだ。レオニードの馬を引き出してやってくれ」
「はい。領主様、わかりました」
私は全部ヒローシャに押しつけてリザヴェタの腕を取った。
背後でまたイアのぎゃあぎゃあ叫ぶ声が聞こえる。

どっと疲れた。明日も明後日も社交をするのかと思うと泣きたくなってきた。