第7話 役職『我が妻』●

前々回、『擬似餌の伯爵』の日の夕方。
超絶美形でぼうっとしたイワノフ伯爵のご訪問が、使用人の婦人の間で話題になっています。
伯爵は結婚相手としてイアを見に来たけれどお断りになり、哀れに思った領主様がイアをご自分の囲い者にするという内容です。
根も葉もない噂ですが、リザヴェタ奥様は何だかお辛そうです。
● 最後までの性描写があります。

4月,1831年

アレクサンドル・イワノフ伯爵が訪ねてきた日、その後、事務所で雑用をして領主館に戻ってくると噂が広まっていた。
夕食の少し前である。
料理女や小間使い、従僕なぞがこちらをちらちら見る。そして耳打ちをしあう。婦人たちはそれでも立ったまま編み物をしている。

私は子供部屋に行った。乳母のヴィラと子供たちがいた。粘土でできた人形で遊んでいるらしい。
次男のイヴァンの観覧車人形は、いつものように長男のミハイルの兵隊人形に占領されて踏みにじられていた。イヴァンはひくひく泣いている。

私はいちおう止める。
「ああ、ミハイル。弟をいじめないように。イヴァンよ、泣かなくてよろしい……」
こんな言葉が通じるわけもなく、イヴァンはさらに泣き続ける。正直なところ、一歳だの三歳だのの子供に何を言えばいいのかわからなかった。

私は乳母のヴィラに話しかけた。白パンのようにふっくらした、二十歳そこそこの婦人だ。
「ヴィラ、リザヴェタは?」
乳母のヴィラはイヴァンを抱きあげる。
「はい、領主様。……先ほどまでこちらにいらして、坊っちゃま方に絵本を読んでさしあげていたのですが、お部屋から出ていかれました。行く先は存じません。
この時間ですと、たいてい夕食まで坊っちゃま方とお過ごしになるのですが……」
「何か妙な噂は聞いたかね。どうも居間のようすが変だ」
「……あたしはよく知らないのです。ただ、あの、奥様のお従妹の方を、伯爵様がお嫁さん候補として見にいらして……お断りになって、」
全然違う話になっている。イワノフ伯爵は、私とビザンチン美術について語り合いに来たのだ。
「あの、それで……」
ヴィラは優しい婦人であるし、慎ましくもある。ためらいながら言った。
「断られた従妹様を気の毒に思った領主様が、あの……お囲いになると」
「……ひどいでたらめだ。誰に聞いたのかね」
「小間使いと料理女、何人かからです」
「リザヴェタは……知っているだろうね」
「はい、おそらく」

私は子供部屋から出ると、リザヴェタがいそうなところを探した。家事室にはいない。厨房にもいない。主寝室にもいない。
私は北棟の部屋を片っ端から見て、子供部屋のある南棟に戻った。リザヴェタは珍しいことに、植物標本室にいた。私の祖父の趣味は植物研究で、それが嵩じて作った。
ガラスケースが並ぶ広い部屋だが、祖父が生きていたころならばともかく、今はほとんど入る者はいない。
リザヴェタはガラスケースの奥のベンチに腰かけていた。危うく見逃すところであった。
リザヴェタは、夜の正装の姿で、濃い赤のロマンティックドレスを着ていた。それでも何か編んでいる。レースのストールか何からしい。

「リーザ、珍しいところにいますね」
リザヴェタが顔をあげた。力の強い目を半ば伏せ、なにか弱っているように見えた。
「帰っていらしたのですか……今日は、戻られないのかと思っていました」
まあ、確かにあまり戻りたくはなかった。

「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、ああ、もう、ごめんなさい」
私はリザヴェタの隣に腰かけた。
「イアはどうしました?」
「隠れ家に逃げました。あとで、料理女の誰かが夕食と木苺のジャムを持って行ってくれることになっています」
リザヴェタの手先が震えている。あれほど編み物が癖になって、行動の邪魔にすらならないようであったのに。
「イア、イューカ、……本当に粗野で、あの子と一緒だと、わたくしの粗野な面も出てしまいます。呆れ返っていらっしゃることでしょう」
「いえ、……」
「今日も思わず平手打ちしそうになりました。そうしたら、絶対あの子も返してくるから、平手の打ち合いくらいでは済まないでしょう。泥沼だわ」

……それこそ見たいのだ……
……家令様まで見たがっているぞ……
とは言えない。

リザヴェタは鬱々としている。
「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、ああ、イアを追い返します。
な、何が『ヨーロッパロシヤの大領主様と結婚したい』よ。どんなに大変かわからないくせに。シベリヤに戻って、地主貴族の三男か四男の九等官にでも嫁ぐように言います」
リザヴェタの声が震えている。私は隣に座ったまま、リザヴェタの肩を抱いた。
夕食前で居間や台所はざわつく時間帯だが、植物標本室は南棟の一番端で、あまり音も聞こえない。
「イアを追い出すつもりはありません」
私は言った。
「どうしてですの?」
「え、貴女の従妹だから……」
「そんなことお気になさらないで。あちらに戻れば二親もおりますし」

リザヴェタは憂鬱そうで、編み物の手も止めている。
私は言った。
「いえ、イアは……私には、なんだかうまく育たなかった貴女みたいに見えるのです。ですから……」

「うまく育たなかったわたくし、ですか。わたくしもうまく育っておりませんけれど……『うまく育ったわたくし』も、大したことはないでしょう」
編み棒から手を離し、爪を噛んでいる。
「リーザ、貴女は美しく聡明で、有能な主婦です。時々、乱暴で意地悪なところも……気に入っています。
でも私は貴女に、貴女にふさわしいだけの愛情や尊敬を返しているか、まったく自信がない」
リザヴェタはますますうつむいて、爪を噛む。

「……それに貴女にすっかり忠実だと言えません。せめてイアの面倒くらい見ます。……ここで追いだされたら、たぶんひどく傷つくでしょう」
私たちは小声で喋っていた。
「よく、わかりませんけれど……貴男はわたくしへの……何と申して良いか……『罪滅ぼし』のためにイアを置いてくださっているのですか」
「自己満足だと思われるでしょうが、そういう面もあります。それに野生のリーザも……」
「野生のリーザ?」

廊下から小間使いたちが話している声が聞こえた。
「領主様はあの従妹をお妾にするらしいわよ。奥様も従妹だから文句が言えないそう」
「ああ、だから裏庭に小屋を建てたのね」
「あの黒いドレスのすんなりした方は? お隣の反乱の時、台所にいた……領主様はずいぶんお気に入りのようだったじゃない」
【* 本編34話『反乱』】

事情通ぶった小間使いが言う。
「今回のことはね、理由があるの。従妹の方が領主様を『お慕いしている』と叫ばれたのですって。居間で、大声で。それで領主様は仕方なく……まあ、『空閨』というやつになるのかもしれないわね」
事情通はおまけに物知りである。『空閨』などという言葉をよく知っているものだ。さらにつけ加える。「奥様と一緒よ」
「空閨って何?」
「旦那様が寝所においでにならないことだわ」
「あら、領主様は母屋にいるときはだいたい寝室でお休みではないの」
「お眠りになっているだけよ! わかるでしょう」

私はそっとリザヴェタの横顔をうかがった。
我が妻は軽んじられたり侮られると、不屈の闘志を燃やすらしい。強い目が爛々と輝いている。
私は囁いた。「たかが小間使いの噂です。どうでもよろしい」
「ええ、まったくそうですわね!」

小間使いたちは植物標本室に入って来た。
台所からもらってきたらしい黒パンを持っていて、かじり始める。
どうもここを休憩室にしているようだ。
「今日、昼間いらした伯爵様、素敵だったわ……あんな方ならお妾になっても良いわ」
「帰りに山羊を連れていたのは何だったのかしらね……」

私はリザヴェタの手を引き、立ち上がらせた。「もうすぐ夕食です。リーザ、行きましょう」
「はい、エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」
背をまっすぐに伸ばし、私たちは腕を組んだ。リザヴェタは、見事に私にエスコートされている。
三人の小間使いがぎょっとしている。
私は言った。
「ここを休憩室代わりにするのはやめるように。祖父が遺した貴重な標本だ。
休憩所が足りないなら、女中頭のエレナ・ネクルィロヴァに言ってくれ。検討する」
「はい、領主様……」

夕食の後、紅茶を飲み、私は書斎でしばらくひとりでぼんやりする。イアが私の囲い者などという噂が、なぜ広がっているのだ?
リザヴェタへの嫌がらせか?
イアを囲い者にするのなどごめんだ。それなら市長の令嬢(10歳)の方がましだ。子山羊のシロちゃん(4ヶ月)でも良い。……私は歳上のご婦人が好きだったような気がするのだが……。
イアとリーザ、どちらも幸福にする方法はないものか。

……私は、ほんの数ヶ月前に、アクリナ・ニコラエヴナに求婚した。
そして領主夫人など無理だと断られた。もし私が以前少しやっていたように住み込み家庭教師か何かであったなら、アクリナはおそらく求婚を受けいれてくれたであろう……と思う……たぶん。【* 本編35話『反乱の残り火』】
だが、私は領主であった。

その後、家令のテレージンは腰痛になり、リザヴェタは私の不実さに嫌気がさし、十日ほど、モスクワで舞踏会三昧で暮らしていた。私とエレナ・ネクルィロヴァでは母屋も領地も管理が追いつかなかった。
【* 本編37話『妻への求婚者』】
留守にしていたリザヴェタが戻って来て、溜まっていた家事を猛烈に片付け、私は彼女の力量を改めて見直したものである。そのまま、リザヴェタが出ていった原因もうやむやにして、なんとなく習慣通りに元に戻った。

もし、アクリナが求婚を受けていたならば、私はリザヴェタをどうするつもりだったのだろう?
重婚はできない。離縁するわけだ。
離縁しようと、リザヴェタに経済面でできるだけのことはするつもりであったが、それ以上は考えていなかった。彼女には何の落ち度もないのに。
婦人を『もの』にするのはたやすい……いや、たやすかったが、幸福にするのは難しい。
だから、私は……。せめてイアを大事にしようと……。

屋敷内で、振り子時計が十時を知らせた。消灯時間だ。
私は書斎を出た。自ら玄関に行き、鍵を調べる。
「おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
召使いたちが、一階の私室に消えていく。玄関にいるのは、夜間警護の下男数名だけだ。
私は主寝室に入った。

入り口側の長椅子にリザヴェタはいない。
長椅子の前の卓にピッチャーを置く。「リーザ、いますか?」
私は寝台を見ないで言う。
低い声が聞こえる。
「はい……。今日はなんだか疲れました。お先に休ませていただきます」
「わかりました」
イワノフ伯爵の到着に、イアとの怒鳴り合いだ。疲れるであろう。
私はカーテンを少し開き、裏庭を見る。ヒローシャの小屋は明かりがすっかり消えているが、イアの小屋はまだランプをつけているようだ。何をやっているのか知らないが、少なくともフランス語の勉強ではなかろう。
私はクラバットを外し、昼間の服を脱いで、厚めの麻の、夜着に着替える。溜息をついて、寝台のリザヴェタの側に行き、半ば目をつぶった妻の唇に、軽いおやすみの接吻をする。
「あ……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……おやすみなさい」
「はい。リーザ。今日もお疲れさまでした。私はもう少し起きています」

主寝室の入り口に近い長椅子に戻って、ふたたびぼうっとする。
夕方、植物標本室にいた小間使いたちは、空閨がどうのと言っていた。私と一緒に眠るだけだと。確かにそういう日が多い、というよりほとんどだ。
(年齢的に毎日やれるものか。……だが、私は一週間に一日二日留守にする。つまりその日はだいたい、アクリナと夜をともにするわけだ。話をしているだけの時もあるが、そういう日は少ない。アクリナとは月に何度も褥を共にするのに、リザヴェタとはだいぶん減る)

しかし何故そんなことがわかるのだ? それがわかるのは、……シーツを洗う洗濯女か?
以前、リザヴェタが初めての妊娠中に、小間使いたちが彼女に嫌がらせをしていたことがある。嫌がらせどころか、妊婦のリザヴェタの通り道に蝋を塗り、転ばせようという、一歩間違えば重大な事故が起きかねないものであった。
【* 本編26話『妻と小間使いたち』】

主犯格の四人のうち一人を、小間使いから洗濯女に配置換えした。まさか?
とにかくそれは調べることにしよう。私は溜息をつき、立ちあがった。カーテンを再びめくる。イアの小屋も灯りが消えていた。

私は寝台の私の側に潜り込もうとして、リザヴェタがこちらを向き、なんだか苦しげな表情で眠っているのを見た。上掛けが、横向きの彼女の厚みのある肩や細いウエスト、豊かな腰を浮き出していた。
妻と一緒に寝られるのは嬉しい。すっかり馴染んだ、体温の高い体だ。……が、これほど苦しげな顔をされているのは胸が痛む。
私はリザヴェタの胴の横に膝をつき、頬を撫でた。
寝ていることを見越して、小声で尋ねた。
「私と結婚して良かったか……?」

私はリザヴェタのウエストをまたぎ、両側に膝をつく。
「……うん」
リザヴェタが苦しげに息を吐く。
暑いのか上掛けをまくり下ろし、それとともに、ぴったりした白絹の夜着の、大きく開いた襟元からは、乳房の膨らみはじめるきわが見える。
私は剥き出しの鎖骨から、夜着の際まで、そっと右手を置いた。油を塗ったように滑らかな肌であった。てのひらが襟の縫い目に当たる。邪魔だ。

一番上の包み釦を外す。
ふたつの洋梨型の乳房のあいだのくぼみが見えた。渓谷のようである。夜着に押され、ほんの少し柔らかく潰れているのが私の好みにあった。
二番目の釦も外した。夜着に押さえられていた乳房がふたつとも自由になり、膨らみを取り返しながら現れた。
ランプに照らされた琥珀色の丸い乳暈が、久しぶりに触れと言っている……ようだ。
私は右手の指二本で軽く乳首をつまんだ。ふっくらした琥珀色の円柱が硬くなっていく。リザヴェタや領主館の婦人たちが編み物を続けるように、私は乳房の突起を転がし続けた。豊かで重い、洋梨にバターを混ぜたような滑らかな乳房を、てのひらで包み込む。リザヴェタは眠ったまま、妙に苦しそうである。

そのまま妻にのしかかろうとして、ふと思い浮かんだ。
イアの乳房も似ているだろう。
「やめてくれ……」
思わずひとりごとを呟いた。
もちろん、イアは処女おとめで、子も産んでいないから皮膚も張りきり、乳房の肉も締まって、道端の石ころのように硬いのであろうが。

これはあまり良い考えではなかった。
官能的な気分など消し飛んだ。
「リーザ、おやすみ」と囁いて、転がり出た乳房を夜着に押し込み、釦をきちんと嵌めた。
リザヴェタの体の上から退こうとしたところ、不意にリザヴェタの両腕が真上に伸びてきて、私の胴に絡みついた。
「……あ、……あ、エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、な、何よ。行かないで……」
「え……起きてらしたんですか」
「寝入りたてに、体の上にまたがられて触れられて……、何か囁かれたのでは、目が覚めますわ……」
リザヴェタが、半身を起こし、私の胸にしがみつく。こういうことをするのは珍しい。

「……どうして途中で行ってしまおうとなさるの」
「あ……いえ。特に趣向も思いつかなかったし、今日は貴女を満足させる自信がない」
「趣向って……趣向なんて、別にいりません……だ、抱きしめてくださるだけでいいのです」
私は黙ってリザヴェタのピンと伸びた背に両腕をまわし、しっかり抱きしめた。妻の匂いがする。むきだしの腕は熱く、艶やかだ。ほんとうにひまわり油でも塗っているのだろうか。
私の平らな胸に、豊かな胸が押しつけられた。リザヴェタは顔を私の首と肩の間に埋めた。多すぎる太い髪が、私の手に垂れてくる。
私は彼女を抱いたまま、寝台に横に転がった。
リザヴェタの息が弾んでいる。
「もっと……強く抱いてください……」
「……こうですか」
私は力を込めた。リザヴェタの豊かな胸を押しつぶしてしまいそうでなんだか不安になった。どうも、彼女は欲望をためていたらしい。
息を切らせ、私にいっそう強くしがみついてくる。

「リーザ」
私は彼女に口づけする。リザヴェタの熱い舌がもぐりこんでくる。「なんだか……激しいですね」
「だっ、だって」
いつもなら、ここで私は焦らしながら妻を愛撫していくのだが。一度、この体とイアの体の相似について思い巡らせてしまうと、何か辛い。特に打ち消そうとすると、余計、ここはこう似ているのではないかと具体的に想像されてくる。勘弁してくれ……。
この人は私の妻であってその従妹などではない。
リザヴェタの体は熱い。熱く息を吐き、私のカフタン型のローブの紐を解く。
「あ……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……もっと、もっと、強く抱いて下さい」
リザヴェタは息を荒くする。耐えきれないというように、私にむしゃぶりつき、私の胸から腹へと、顔を寄せる。はあはあ言いながら、自分の夜着の釦を外している。……これで抱かなかったら、あまりに酷である。

リザヴェタが自分で夜着を脱ぎ捨てた。蜂蜜色のチェロのような、めりはりのある体だ。全身にクレオパトラみたいに金の装飾物を嵌めたら、さぞ似合うだろう。深くくぼんだ臍が、呼吸のたびに上下する。
「積極的ですね……リーザ」
「粗野で野蛮ですから!」
私は素裸のリザヴェタの体を撫でる。細いウエストの臍のくぼみから、尻へとてのひらをまわす。リザヴェタの尻は堂々と丸い。たいていの男はこの尻にひれ伏すであろう。(不幸なことに、私が特に好きなのはご婦人の乳房であった)

「エヴゲーニイ・パヴロヴィチ、あ、……あの、」
「はい、私のリザヴェタ・フョードロヴナ」
リザヴェタが体をこすりつけてくる。濃く、艶やかな森が、突き出たヴィーナスの丘を隠している。
「あ……あ」
ろくに触れていないのに、リザヴェタは私の腕の中で痙攣するように体を震わせていた。
「リーザ、すみません。……ずいぶん貴女に我慢させていたようだ」
「だ……、だって、貴男の家政婦頭の分際で、あ……貴男に抱いてもらおうなんて図々しいのです」
「妻だと言ってるでしょう」
私はローブを脱ぎ捨て、彼女をきつく抱き、内股に手を差し入れた。
「もっと……あ、あの。乱暴に、わたくしの体を……」
「わたくしの体をどうしろと言うのです」
「押さえつけて、突いて、あ……かきまわして……」
そう言うと、リザヴェタは顔を赤らめた。
「け……軽蔑なさいますか。婦人の方からこんなことを」
「まさか。貴女が淫らなほうが嬉しいのですよ。リーザ」
私は油を塗ったようなリザヴェタの体を撫で、婦人の匂いの濃くなる猛々しい、まるで貂の毛皮のような森を割り、裂け目の襞を指でなぞる。大ぶりの果実に触れた。
……イアもこれくらい大ぶりなのかという考えが浮かんだ。彼女の髪はどんぐりっぽいから、……くるみとか……やめろ!
私の男性のものが少し力を失った。

「リ、リーザ。貴女がいないと私は駄目です」
「う……ん、そんなわけない……」
「リーザ、リーザ。愛しています。私のリーザ」
「どうして今日はそんなに名前を呼んでくださるの……」
名前を呼ばないと別のものが出現しそうなのだ!
そういえば、アクリナも名前を呼ばれると喜んでいた。
「おかしいですか? リーザ」
私はリザヴェタの右膝を掴み、足を大きく開かせた。「いやっ」
「リーザ。いやなのですか」
「あ、恥ずかしいけれど……いやではありません……もっと、あ、貴男のお手で……ああ、エヴゲーニイ・パヴロヴィチ……お慕いしています。もっと……」
「お慕いしているなんて……リーザ、そんな殊勝なことをおっしゃらないでください。いつもみたいに馬鹿とか変とか大っ嫌いと言わないのですか」
大ぶりの果実の皮を剥き、なかのぬるぬるする身の部分をこする。本物の果実なら、さぞ甘いことだろう。
「だ、だって……わたくしは野鄙ですけれど、で、でもほんとうなのですもの……ほんとうに貴男をお慕いしているのですから……ああ」
リザヴェタが痙攣してくる。大ぶりの果実はほんとうに膨らみ、木苺のようで……木苺……イアもこんなか……?

「あ、お兄様……」
お兄様と呼ばれ、私は動揺した。
昨年暮れにリザヴェタは、純情な青年貴族を『ひっかけた』。独身だと偽り、彼には私が兄だと言った。彼が実際我が家を訪ねてきたとき、私は兄として挨拶するはめになった。【* 本編37話『妻への求婚者』】
それ以来、思い出したようにお兄様と呼ばれる。
リザヴェタの悪戯心の表れで微笑ましかったのだが、今はまるでイアに呼ばれているようだ!

リザヴェタが木苺のような快楽の果実を膨らませ苦しげに脚を広げている。内腿が引きつっていた。
「あ……あ、は、恥ずかしい。お兄様!」
イアが思い浮かぶ! この恍惚を知っているのか?
「リーザ、お兄様と呼ぶのはもうやめてください」
「あ……、ああ!」
リザヴェタはひときわ大きな声をあげ、腰が自然と持ちあがった。そのまま痙攣している。
「あ……脚を閉じさせて……」
「駄目ですよ。もっと開いてください」
私は舌を果実につける。リザヴェタはふたたび跳ねる。
「は、早く。お兄様のものを……」
ふだんならたいそう興奮する場面なのだが。リザヴェタがここまで慎ましさをかなぐり捨てるのも嬉しい。
だが、私のものは少々力を失っていた。駄目だ、リザヴェタの反応がすべてイアに変換されてしまうのだ。勘弁してくれ!

私は別のことを考えようとした……。
アクリナはこういう時は恥ずかしそうというより、なんだか聖人のために致命【* 正教の殉教】でもするように、運命を受け入れるといった表情をする。怖くてたまらないくせに私を信頼しきって見上げるのが可愛いのだ……。
私はリザヴェタの上にのしかかり、ゆっくりと差し入れた。そのまま妻に接吻しながら、妻の内側の感触を味わう。
こういうときアクリナなら……アクリナのことを考えると、イアを思い出さないことに気づいた。
「あ……、ああんん……」
リザヴェタが声をあげる。私は接吻し、上唇の裏を舐める。リーザの弱いところだ。
「可愛い……」
耳元を舐めながら囁くと、リザヴェタは少女のように顔を赤くする。イアもこんなふうに顔を赤らめるのか……いや、いや、アクリナもうがたれながら何か言われるのが好きであった。意地の悪いことを言われて泣いているのに、挿入されてうめくところなど可愛くて仕方ない……。

私に突き刺されながら、リザヴェタが訊く。
「あ……今日、夕方おっしゃっていた、野生のリーザって……何ですの」
それはイアの別名だ。やめてくれ。
「あ……貴女の野生的なところが……好きで」

アクリナ、アクリーヌ、助けてくれ!

「わ、わたくしは貴男の……優雅で、冷たくて……ああ、ひどい方だけれど全部が……」
「冷たくなどありません。リーザ」
こんなことをリザヴェタに素直に言われるなど、珍しくて嬉しいのに……。
またイアが恥じらうところが思い浮かんだ。あれも恥じらうのか?
別に、ものにしてしまって生家に返したっていいのだ。私はヨーロッパロシヤの大領主様なのだから。いや、妻をそんなふうに裏切るのは嫌だ。だいたい、やりたくない。
ああ、アクリーヌ、助けろ……。

二度目の、今度は体の奥での快楽が近づいているようだ。リザヴェタの締まりがきつくなり、喉をそらした。
「すまない、先に達しそうです……あとで、二度目の恍惚まで連れて行きますから……」
「はい、……エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」
さらに洞窟の内部をこすり、中の感じる部分に私の切っ先を当てる。
快感が高まってきた。私は腰の動きを早めた。
まだしばらく身籠りたくないというので、私はリザヴェタから抜いた。恍惚とともに切っ先から白い液を零した。彼女の髪に顔を寄せ、耳元で呟いた。

「あ、……アクリナ、アクリーヌ……」

恍惚としていたリザヴェタの表情が急に変わった。唇が硬くこわばっている。頰に平手打ちされた。
恍惚に達し、疲れているはずなのに、寝台から転がるように降りる。
夜着を持ち、兎のローブを羽織った。
「リーザ、すまない。ああ、事情があるのです」
「事情? あ、貴男が寝言や、寝起きでぼんやりしながらあの人の名前を漏らすのは気にしないようにしていました。それは、仕方ないでしょう。
でも、こんな……こんなふうに夫婦の営みのさいちゅうにも、わたくしでは物足りなく、あの人のことを考えているなんて!」
「物足りないなどということはありません。ですから……事情が……」
事情の中身など言えないではないか。
「事情? 物足りない婦人と褥を共にしなければならないなど、お気の毒です。お辛い目に合わせて申し訳なくて仕方がありません。
……家政婦頭としては、貴男はまだわたくしを認めてくださいますわね」
「貴女は妻です」
「家政婦頭を仮に妻と呼んでいらっしゃるということで結構です」
兎のローブの前をぴったり合わせて、リザヴェタは主寝室を出て行った。

……信じられない。間抜けすぎる。追いかけるか?
申し訳ない……。

—-

翌朝、朝食は一緒に取った。リザヴェタは子供たちの前では普通に振舞っている。
食事を終えると、リザヴェタは黙って立ち上がり、北棟に向かった。私はリザヴェタを追いかけた。
「家事室にいらっしゃるのですか」
「ええ、領主様。家政婦頭ならば、家事室で眠るのがふさわしくありませんか。……領主様は主寝室でお休みだから、こういう場合、空閨っていうのかしら」

家事室に入ると、書類を出された。契約書だ。
「サインをいただけますか」

「リザヴェタ・フョードロヴナ・Яの雇用契約。

1. 役職名は妻。実際にはЯ家の家政婦頭、社交、子供たちの養育を担当する。
2. 互いに、子供たちの前では、良き両親、良き夫婦として振る舞う。
3. 閨房は共にしない。
4. 互いの異性関係には口を出さない。
5. 年俸は家令と同額にする。
6. 社交行事で夫婦として振る舞わざるを得ないときは、仲睦まじくみえるように努力する。
7. 互いに別の立場から、友好的に、Я家と領地、領民、子供たちに尽くす。
8. エヴゲーニイ・パヴロヴィチ・Яが再婚を望むとき、リザヴェタ・フョードロヴナ・Яは速やかに妻の肩書きを返還し、家政婦頭の役割に専念する。

以上の契約は、最終的かつ不可逆的なものであると合意する。」

「最終的かつ不可逆的って……こんなのは駄目です。ふざけないでください。だいたい、貴女のお父様にばれて殺されます」
「年俸がテレージンと同額というのは、うぬぼれすぎかしら。六割か七割? ただ、跡継ぎも産みましたし、社交もしております。貴男の評価はいかがです。領主様」
リザヴェタは頑固だ。しばらくはこの調子で態度を変えまい。
「ああ、リーザ……『最終的かつ不可逆的』だけは絶対に駄目です。一ヶ月……いや、二週間だけならサインします。それ以上はお断りします」
リザヴェタには表情がない。
この人は私の考える以上に聡明なのだから、いっそ、全部正直に話したらどうかと思った。……いや、駄目だ。私が同じようなことを言われたらどうだ。
褥を共にした婦人がこんなことを言い出す。『貴男の従兄弟や、あるいはイワノフ伯爵なんぞを思い出して困るから、さらにまったく別の男のことを考えるようにした』
腹立たしいというより、何かわけのわからない企みとしか思えない。

私はペンを取り、期間を書き足した。今日から二週間だけだ。年俸のところの『家令と同額』という箇所に取り消し線を引き、『二割り増し』と書く。
もちろん、『最終的かつ不可逆的』には何重にも抹消線を引く。
そしてサインした。
「リザヴェタ・フョードロヴナ。年俸の二週間分を後でお渡しします。テレージンの年俸なら、下手な貧乏領主などよりずっと裕福に暮らせます。
それからひとつ貴女にお聞きしたい」
「領主様、何でございますの」
「母屋に、貴女を快く思わない者がいますか。誰です」
「そのようなこと、領主様はお気になさらなくて結構です」
「今の貴女は私の雇われ人なのでしょう。話すように命じます」
私は長椅子に座るリザヴェタの前で腕組みした。

ノックの音がした。「奥様、エレナ・ネクルィロヴァでございます」
「エレナ、もう少し後に来てくれ。それまでいつものように家の中のことを頼む」
「領主様? 奥様はお風邪でも?」
「いや、少し相談があるだけだ。『妻』は元気だ」
「わかりました。失礼いたします」
エレナが去っていく足音がする。

「敵視する者ですか」
「ええ、面白半分に噂をしたりするのではなく、貴女を憎んで……いや、憎むだけならば仕方がありません。相性がありますから。
ただ、じっさいに、何かをやったり、やりそうな者です。やっているかどうかわからなくても構いません。何もしていなければ私の胸ひとつに収めます」

リザヴェタは長椅子に腰掛けたまま、しばらく考えていた。爪を噛む。
「洗濯女の誰かが……わたくしを憎んでいる気がします。さもなくば『空閨』などわかりませんし……、時折、わたくしのちょっとした小物が血まみれになって返ってきたり……」
「えっ? 血まみれ……?」
「ええ、ハンカチや下着に、動物の血なのかしら? そんなものをべったりつけていたり……、下着の束に羽虫の死骸をたくさん混ぜていたり。新しいコルセットの紐がナイフを入れられて、簡単に切れるようになっていたりもしましたわ。他にも色々」
「本当ですか。どうして私に言わないのです!」
「別に領主様を煩わせるほどのことではありません」
「他にも色々って……」
私は洗濯女の誰かがやった悪事を訊いているつもりだった。

しかし、リザヴェタは平然と、淡々と続ける。
「料理女なのかしら。台所にもわたくしを憎む者がいるようですね。たまにひとりで昼食を取ると、シチーに油虫が入っていたりしますわ。
家事室でサモワールにお湯を入れて紅茶を飲んでいると、味がおかしくて、中を覗いたらニワトリの足が一組入っていたことがありました。あれには呆れました」
「そんなこと……私には一度もないが」
「領主様は領主様ですもの」
どういう意味だかわからないがリザヴェタはそう言った。

「リーザ、リザヴェタ。貴女は! 何故私に言わないのです!」
「母屋の管理はわたくしの仕事ですから」
リザヴェタは言った。「それにわたくしはシベリヤ育ちの監獄長官の娘です。この程度で怯むと思っているのかしら」
「リーザ、貴女の自制心は……驚くべきものがあります。ですが、そういう事態はおっしゃってください。
いや、報告しなさい。風紀が乱れるのは困る。締めるところは締めないといけません。失敗は誰にでもあります。(私が昨晩やったように) それは、私が出なくても良い。
ただ、悪意を持って行動する者は領主がみずから罰したほうが良いのです」
「かしこまりました、領主様」
リザヴェタ、役職『我が妻』が長椅子から立ち上がって、一礼した。
「領主様ではなく……名前で呼んでください」
「了解いたしました。エヴゲーニイ・パヴロヴィチ」
慎ましく、よそよそしく、古参の女中頭エレナ・ネクルィロヴァよりずっと召使いらしかった。エレナのほうがはるかに、私への信頼が感じられる。

ああ! 苛々する。ここまで妻を追い込んだ自分に対してうんざりする。私は……もう……、リザヴェタの前に身を投げ出して謝るべきか……。
そんなのでは駄目だ。領主館を少しでも彼女の居心地が良いようにして……行動で示さないと……。
一番良いのはアクリナと別れることなのだろうが、それは絶対に無理だ。他に……どうすれば良い。

私は家事室を出て、書斎に戻った。
家内奴隷の名簿を調べる。いつぞや、リザヴェタに嫌がらせをしていた小間使いで、洗濯女に配置換えをした者を探した。
ウリャーナ何某だ。……だが、彼女は二年ほど前に結婚して他家に行っていた。隣家のポポフ家と、家内奴隷どうしで出会いの夜会をしたのだ。ウリャーナは器量自慢の娘であった。ぴったりの男を見つけたらしい。良かったことだ。
しかしでは、誰なのだ。
待合間の階段を降りた。玄関の間から一階に入る。一階は使用人の部屋や、食品や薪の倉庫、大量の水の必要な洗濯場や浴槽などがある。
洗濯室に向かいながら大きく溜息をつく。領主館は伏魔殿か?

「領主様!」
すれ違う使用人たちが驚いたように私を見た。
煉瓦できた一階は、煉瓦がむき出しだ。床はゴミは落ちているし虫やら干からびた蛇やらが死んでいる。こちらの掃除もさせなければと思う。

ああ、アクリナの森の家に逃げたくなってきた。
妻との契約書を思い返した。あの契約でなら、アクリナを領主館に連れて来られる。主寝室で一緒に眠ることだってできるのだ。
駄目だ。子供たちや、二週間後に『本物の妻』に戻る……戻ってくれるのか……はずのリザヴェタが……。
だが、先祖代々領主夫妻が使ってきた主寝室で、アクリナと夜を共にし、黒い服の女王様のように着飾らせて、使用人全員に迎えさせてみたい……。
アクリナには領主館をまともに見せたことがない。祖父の植物標本室を案内したい。馬鹿みたいに大量のコレクションだ。動物や植物が好きなアクリナは喜ぶだろう。
私の父や母の肖像画も見せたい。屋根裏に置いてある母の衣装や宝石を身につけさせたいし、書庫に連れて行って好きな本を選ばせてやりたい……。彼女が読めそうな本はほとんどないが……。

洗濯室の前に着いた。
直接乗り込むのが良いのか、洗濯女頭のカリンスカヤにそれとなく訊くのが良いか。まさか、カリンスカヤが犯人ということはないだろうな……。
長く勤めて、仕事には厳しい婦人だ。難しい洗濯の腕には自信と誇りを持っている。
しかし、リザヴェタの話を聞くと、使用人たちの一部は、私に対する時とリザヴェタに対する時では態度がまったく違うらしい。
もう、信頼する女中頭エレナ・ネクルィロヴァが犯人でも、家令様のテレージンが犯人でも驚かない……いや、やはりテレージンだったら驚く。
ヒローシャだったら凄まじく驚く。リザヴェタ奥様を敬愛しきっているし、だいたい、ご婦人が苦手なあいつが洗濯室や台所になど踏みこめるわけがない。
いや、さすがにテレージンやヒローシャではなかろう。遣り口が婦人のものだ。

……アクリナ!? あんなに優しい女が……というより、彼女にそんなことをする度胸があるものか。何らかの形で領主館に『つて』を求めなければできない仕事だ。下手をするとリザヴェタと全面戦争になるのだ。
そんな緊張に、あの臆病で悲観的で罪悪感に溢れ、すべてが自分を非難するように感じられ、いつも神や聖人の目を恐れ、私に罰を与えられることでようやくなんとか安定している、まあかなり繊細というか痛々しいというか少々心を病みかけているというか……下手すると修道院か癲狂院(てんきょういん)に……耐えられるわけがない。そんな我がアクリーヌが犯人であったなら、もう私はまったく自分の目が信用できない。

カリンスカヤが洗濯室の扉を開けた。洗濯女頭で、三十過ぎほどであろうか。顎のがっしりした女で、服を扱うだけあって、彼女なりにお洒落だ。頭巾を自分で染め、手製らしい、木を花の形に彫った首飾りを何本もつけている。全体に痩せているのに、腕の太さはさすが熟練の洗濯女であった。
声が男のように低い。
「領主様、どういたしました?」
「ああ、カリンスカヤ。いつもご苦労だね。たまには見物させてくれ」
「まあ、領主様が時々見に来てくだされば、皆のやる気も出ます。どうぞお入りください。イア様もおいでです」
「イア様……?」
「ええ、テレージナ夫人も」
「テレージナ夫人? え、ああ?」
洗濯室の中に入った。強い湿気とともに石鹸の匂いがやってくる。広い洗濯室には大きな水甕がいくつも並んでいた。桶を前に頭巾をかぶった洗濯女たちがサラファンを膨らませ、しゃがみこみ、洗濯板に衣類をこすりつけていた。
皆、流れるように優美に、洗濯物を扱っている。

カリンスカヤが呼んだ。「イア様、テレージナ夫人、領主様がお見えです」
洗濯室の隅で一組だけ、じつにぎこちない仕草の者たちがいる。白い麻布を洗っている。……イアとテレージナ夫人だ。
イリーナ・テレージナ夫人はへとへとのようだった。洗濯はきつい。慣れない身ではとても保たないだろう。
「領主様」
それでも嬉しそうに顔を上げる。
「ああ、テレージナ夫人。どうして貴女たちがここで働いているのです」
「あたくし考えましたの。主人も賛成してくれましたわ。イア様の花嫁修業は、まず領主館の全部の仕事をやってみるのが良いのではありません?
そうすれば領主館がどうやって動いているか、とってもよくわかりますでしょう。ついでにあたくしも一緒にやるのが楽しいですわ」
令嬢の教育方法としては信じられないが、イアには良いかもしれない……。礼儀作法より何より、暴れないようにしておけ。

イアはさすが野生生物だけあって、体を動かすのはあまり苦にならないようだ。普通の令嬢なら二十分も保たずに倒れるような作業なのだが。
イアは平然と、ドレス姿のまま、しゃがみこみ、シーツを洗っている……。

「エヴゲーニイお義兄様」
イアが言った。「なんでこんなにシーツを汚すの。きれいに使ってよ」
テレージナ夫人が無邪気に言う。「あら、イア様はまだご存じないわね。それは領主様と奥様が仲が良い証拠なの」
「そうなの?」
洗濯部屋じゅうの女たちが手を止めた。こちらを見ている。
「ええ、そのパリパリしているところが赤ちゃんの素なのよ。白い液は領主様が出すの」
領主様と名指しで言わないでくれ……。他の男も出すではないか……。

「イリーナさん、女も何か出すの」
イアが聞いた。
「女の人は、男の方を受け入れる透明な液を出すわ。脚の間から出てくるのよ」
家令夫人のあけすけな声が洗濯部屋じゅうに響いていた。しかもまったく無邪気に言うのだ。
皆呆然としている。
イアがシーツを持って叫んだ。
「じゃあ、この汚いのはエヴゲーニイお義兄様の汗みたいなものなの! ええー! 気持ち悪いじゃない! 変な匂いもするし!」
イアが私を睨んだ。淑女がこんなことを叫んではいけない。
テレージナ夫人が優しく言う。「そんなことはないわ。婦人が、毎月、血を流すのと同じです。殿方の月のものも同然ですから、悪く言っては可哀相ですわ」
……何か違う気がする。

全身から力が抜けてきた。
「汗でも、月のものでもない……。イリーナさん。イアを頼みます……」
イリーナ・テレージナ夫人は偉大だ。イアと屈託無くつきあっている唯一の人物ではなかろうか。
「はい。領主様、イアさんといっしょにいろんなことを学べて幸せですわ」
「エヴゲーニイお義兄様! 真面目に修業してるでしょ。ご褒美にマダーム・アクリーヌのお菓子!」
「ああ、はい。わかった」
私はいたたまれなくなって、洗濯室を後にした。

洗濯室まで来たのに、ああ! 犯人の目星をつけるのをすっかり忘れていた!